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大学通りを経て象牙海岸へ。涙のワンサイデッド・ラヴが終りを告げたあとは涙のステップを。

 
 
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星と導きと夜との狭間にある大学通りを経て象牙海岸へ。そして、『シャンペンと地動説』によって終りを告げた涙のワンサイデッド・ラヴのあとは涙のステップを。


忘れもしない。1979年の夏だ。ガール・フレンドは3歳年上で、幼稚舎から大学までストレートに慶応だった。正真正銘のお嬢様だった。ファッションや音楽、言語感覚を初めとして、およそ生きていくうえで必要なセンスがとても良かった。人生の日々の景色が絶景になることは約束されたも同然であるように思われた。勉強ができるのは当然だが、頭の質がすごく良かった。クール・ビューティの典型だった。アイドルがグレース・ケリーというのは出来すぎだったが。

彼女の自宅は神宮前2丁目にあった。一般的な一戸建て住宅5個分くらいありそうな豪邸だった。彼女の父親は不動産業を中心に飲食店や娯楽施設、サウナなどを手広く経営していた。すべて一代で築き上げたそうだ。ある経済誌に取り上げられたこともある業界の風雲児だった。

ガール・フレンドの家には何度か行ったが常に居心地が悪かった。ガール・フレンドの父親とは一度も会ったことがない。「どうせ、ほかの女のところよ」とガール・フレンドはこともなげに言った。なるほど。よくある話しだ。

ある日、待ち合わせ場所の表参道の交差点交番前にガール・フレンドは息をきらしてやってきた。待ち合わせ時刻を15分も過ぎていた。帰る寸前だった。たった15分で? そうだ。私はこどものころから時間にきびしいのだ。待ち合わせの5分前を過ぎて相手が現れなかったら帰るのが私の流儀である。世界には平等も公平も存在しないが、「時間」だけは古今東西を問わずにだれでもに平等公平に用意されている。

「ねえねえ。聴いて聴いて。竹内まりやがさあ ── 」
「なんだよ、いきなり。竹内まりやだあ? 知るか! それってうめえのか?」
「うまいうまい。トップスのカレーとチョコレート・ケーキくらいうまい」
「そ、そうなのか。じゃ、喰ってみる」

そして、私はガール・フレンドから『UNIVERSITY STREET』のLPレコードを借り、聴き、竹内まりやの虜になった。彼女の言うとおり、トップスのカレーとチョコレート・ケーキ5年分くらいうまかった。

青山のブルックス・ブラザース本店で芥子色のシャツを買った。9月でもないのに『SEPTEMBER』を口ずさんだ。「SEPTEMBER」の発音に関してはいいなと思った。真似して発音したらLLのアメリカ人教師に褒められた。伊勢佐木町のヘンリー・アフリカでピーチパイを食べた。ただ甘いだけで不思議でもなんでもなかった。

『UNIVERSITY STREET』は『涙のワンサイデッド・ラヴ』が特に良かった。せつないというのはこういうことでもあるのだと知った。そして、ああ、女の子というのはこんな風にものごとを感じ、受け止め、考えているのかと驚くと同時に感心もし、女の子にもう少しやさしく接しようと思った。思っただけで実際にはこれっぽちもやさしくはしなかったけども。

『UNIVERSITY STREET』は実にいいアルバムだった。ジャズ・ミュージックと古典楽曲とわずかばかりの上質なポップスと上滑りなしA ( ) Cなしのロックのほかはほとんど聴かなかった私にはすごく新鮮だった。ただ、竹内まりやのスカした英語の発音については今にいたるもむかっ腹が立つ。それ、舌を巻きすぎだから。舌先を上顎にくっつけすぎてるから。言いたいことは山ほどあるがもはやどうでもいいことだ。

山下達郎とのことやら吉田美奈子の心情やらソニー・ミュージックの三浦との混みいった顛末やらについても言いたいことは山ほどあるけれども、すべては時間の波間を漂う流れ木のように、あるいは岸辺で踏む足跡のつかない涙のステップのように跡形もなく消えた。それでいい。それでよかったんだ。

いまでは、当時の泥沼での肉弾戦のごときゴタゴタを知る者はいない。当事者ですらおぼえてはいないだろう。あるいは忘れたふりをしているかだ。そのことについてだれも文句は言えないし、だれも文句を言われる筋合いはない。すべてはなかったも同然だ。

時間は大抵の場合残酷だが、ある種の人々にとってはやさしくもある。救いでさえあることだってある。そんな風にして色々なことが過ぎていき、色々なことがなにごともなかったように終わっていけばいい。もはや現役ではないんだしな。ただし、「え? とっくに終わったことじゃなかったの?」と嘯く無神経な輩には口には出さないが猛烈な憤怒と憎悪と強蔑をおぼえていることをそこはかとなく表明しておくことにする。無神経/鈍感な輩には、この憤怒と憎悪と強蔑の強さと深さの意味は473040000000000000秒かかってもわかるまいが。(この世界には都合よく THE END も FIN も用意されちゃいねえんだよ! 人は皆、志半ば、途中で死ぬんだ! おぼえとけ!)

さて、ガール・フレンドとの最後のやりとりだ。

「あなたのことは大好きだけど結婚はできないの」
「わかってるよ」
「え?」
「おれが日本人だからだろ?」
「 ── 知ってたの?」
「うん」
「ごめんね」
「おまえがあやまる理由なんかこれっぽっちもないよ」
「でも ── 」
「デモもストライキもない。おれたちは現代版のロミオとジュリエットだと思えばいいだけのことだ。どうってことはない。いまどき、どこにでも転がっているような話だ」

この一件以来、私は正真正銘の金持ちも成り上がりの金持ちもきらいだ。「おまえたちが富を所有する分、おれの分け前が減るじゃねえか!」というのが私の言い分である。至極まっとうで的を射ていて正鵠のど真ん中をぶち抜いていて健全で生産的でスピリチュアル・ユニティな考え方だ。

そんなふうにしてきょうまで生きてきた。生きてきたことであった。ときに、だれにも気づかれないように涙のステップを踏んで。悔し涙やら嬉し涙やら悲し涙やら嘘涙やら強がり涙やらを2000トンくらい流して。おかげで、涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを学んだ。

人はなにごとからでも学ぶことはできるし、強い意志を持ちつづけるかぎりにおいてあらゆる厄介事や艱難、難関と対峙することができる。この際、厄介事を克服し、難関を突破したかどうかはそれほど重要な意味を持たない。それは二次的な問題にすぎない。涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを学んだおかげで大抵の嘘泣きには騙されなくなった。そればかりか、彼あるいは彼女が嘘泣きをするに至った背景と事情を思いやり、「無駄だからやめろ」と諭すことさえできるようになった。

年に100回も200回も小僧の神様が愛した世界の果ての岬の温泉を日帰りする逆さクラゲ好きのポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウ地方議員センセイはあまりにも嘘泣きがへたすぎる。あんな嘘泣きでは田舎町の議会事務局の腑抜けた木っ端役人すら騙せない。

いまではトップスのチョコレート・ケーキもカレーも食べない。彼女もそうだといい。そうあってほしい。本当の気持ちを伝えても過ぎ去った季節や時間を取り戻せやしないことはわかってはいるが、彼女の住む街と私の住む街では冬はどちらが先に来るのかは毎年気になる。彼女と最後に会ったときに着ていたオーバー・コートと彼女が誕生日にプレゼントしてくれたレジメンタル・タイはワードローブの奥深くで眠ったままだ。もはや目覚めることもあるまい。

その後、彼女からは一度だけ青いエアメールが届いた。雨で文字が滲んでいた。滲んでいたのは雨のせいだけではない。なんてマイ・フーリッシュハートな人生。もはや涙の涸れ果ててしまった私のかわりにだれか泣いてくれ。


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大学通りを経て象牙海岸へ。涙のワンサイデッド・ラヴが終りを告げたあとは涙のステップを。 (1979 - 1982)




     
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