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さよなら、夏の日 ── たったひとりの勝者とたくさんの敗者

 
 
SOCCER BALL
 
 
逝く夏の陽を浴びて燃えたつ花たちよ その束の間に消えゆくものと知りながら E-M-M

明日になればもうここに僕らはいない めぐるすべてのもの 急ぎ足で変わっていくけれど
さよなら夏の日 いつまでも忘れないよ 雨に濡れながら僕らはおとなになっていくよ
TATTOO-Y


夏の一日を荒川土手に遊ぶ。自転車にまたがるのは2週間ぶりだ。はじめは全身がこわばったようで、思うように操縦できなかった。ペダリングもぎこちない。それでも、平井大橋を渡るころにはいつもの7割くらいの調子が戻っていた。

いっきに荒川土手につづく坂道を駆けあがる。目の前に河川敷の広大な緑にあふれた光景が広がる。夏の青い空と緑と川面を渡ってくる風。全身がはじけてしまいそうなほどに気分が高揚する。

しばらく土手のてっぺんに座って風に吹かれていた。夏草の青い匂いがする。メロン水の匂いがする。甘酸っぱい匂いがする。スイカの匂いやトマトの匂いや麦の匂いや電気ブランの匂いさえする。笑い声や怒鳴り声やカッキーンという音やサワサワサワーという音やブーンという音やひゅるるるぅという音が聴こえてくる。風は実に様々な匂いや音を運んでくるものだ。

思うぞんぶん風に吹かれてから、土手の草むらを河川敷に向かって一直線に駆けおりる。わが愛馬はいたってゴキゲンである。荒川の上流へ向けて哲の馬を走らせていると、サッカーのグランドや野球のグランドがいくつも見えてきた。しかも、そのすべてのグランドはゲームの真っ最中だった。

そのうち、いちばん白熱している少年サッカーの試合を見物することにした。文字通りの意味で「高みの見物」を決め込んだ。自分はいずれのチームにもなにひとつしがらみはないのだし、どちらが勝っても負けてもいっさい関わりがない。初めはそう思っていた。ところが、試合に出場しているこどもたちの家族とおぼしき人々の会話を聞いているうちに、俄然、ゲームにのめり込んでしまった。なんでも、そのゲームはなんとか地区(よく聞き取れなかった)の決勝戦で、勝てば本選(これもなんの「本選」なのかはわからずじまいだった)への出場権を獲得できるらしい。

「雨の日、風の日、雪の日。一日も休まないで練習してきたんだものねー。勝たせてあげたいわよねー」

スポーツとは生まれてこのかた御縁のなさそうな体型をしたジャンボなママさんが言った。このママさんは応援団長でもあるらしく、試合の最中、ものすごい大音量で檄を飛ばしまくっていた。

ゲームはあきらかにジャンボ・ママさんチームの劣勢だった。相手チームの個人技を中心にすえた洗練された試合運びに対して、ジャンボ・ママさんチームのプレイは野性味はあったが、それは所詮、百姓一揆的なサッカーにすぎないように思われた。

ゴールキーパーのファイン・セーヴの連続でジャンボ・ママさんチームは辛うじて失点をまぬかれ、前半が終わった。ゴールキーパーの少年はよほどつらかったのか、ベンチに戻ってくるなりコーチに抱きつき、大声で泣きじゃくった。私はこの時点でジャンボ・ママさんチームの勝利はないことを確信していた。だが、しかし ── 。

後半に入ってもジャンボ・ママさんチームの劣勢はかわらなかった。百姓一揆的蹴球V.S.ソフィスティケーテッド・フットボール。憎らしいほどに相手チームは巧く、速く、強かった。だが、なぜかゴールを割ることができない。気まぐれな勝利の女神はちょっとだけいたずらをしたかったのかもしれない。そして、奇跡は起こった。

ファイン・セーヴを連発していたゴールキーパーが渾身の力を込めてボールを蹴る。ボールは真っ青な空に向かって永遠に上昇をつづけてゆくかと思われるような勢いでぐんぐん伸びてゆく。

ボールがひとくれの雲にまぎれて消えたかと思ったその直後、ディフェンスとゴールキーパーの中間地点にボールは落下してゆく。そこに味方のフォワードが怒濤のごとく走り込んでいた。彼は一瞬、ゴールキーパーのほうに目をやり、そして落ちてきたボールをダイレクトで蹴った。蹴ったというよりも触れたと言ったほうが事態を正確にあらわしている。

前進守備のゴールキーパーの頭上をゆるやかな弧を描きながら、ボールはゴールに吸い込まれていった。

歓声。怒号。落胆。いろいろなものが一瞬に吹き出した。タイム・アップまで5分を切っていた。このとき、だれもがジャンボ・ママさんチームの勝利を確信したはずである。だが、しかし ── 。

混乱の中で、相手チームの選手たちは冷静だった。個人技と正確なパスまわしで敵の陣営深く入り込み、セオリーどおりにゴール前で待ち受けるセンターフォワードに正確無比なセンタリングを上げる。豹のような面差しのセンターフォワードはあたりまえのようにジャンプし、頭ふたつ分抜きんでた状態で頭をひと振りした。ボールは一瞬止まったかのように見えて、物凄いスピードでゴールキーパーの真横を抜け、ゴールネットに突き刺さった。

悲鳴。落胆。怒声。残り時間2分。

「PK戦に持ち込めー!」

ジャンボ・ママさんが叫んだ直後だった。ついに、あるいはやっと勝利の女神が微笑んだ。それまで冷静なゲーム・メイキングでチームを動かしてきた相手のミッドフィールダーがセンターラインを越えたあたりで全身をバネのようにしならせてボールを蹴った。

ボールは弧を描くことすらせずに一直線にジャンボ・ママさんチームのゴールに吸い込まれていった。ゴールキーパーは最後の最後にきて、身動きひとつできなかった。ゴールインと同時にホイッスルは鳴り、ゲームは終わりを告げた。

全身でよろこびをあらわす勝者。
泣きじゃくり、うずくまる敗者。
たったひとりの勝者とたくさんの敗者。

そのことを思って、私はどうしてもその場を立ち去ることができなかった。荒川を渡ってきた風が目の前で向きを変え、勝者も敗者もいない静かなグランドを吹き抜けていく。またひとつ、夏の終わりが近づいたように思えた。すべては2000トンの雨が洗い流してしまうとも知らずに。


SOCCER GOAL


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