
創元社から出ている『知の再発見』双書シリーズのうち、1巻から102巻までを読了。1日5册を目処に『知の再発見』双書を読みはじめたのは3週間ほど前だった。
吾輩は『知の再発見』双書シリーズ102冊をブックオフでまとめて手に入れていた。格安だった。全部で1万円でおつりがきた。続刊について創元社に問い合わせたところ、ぞくっとするほど音声と言葉づかいのよろしいK女史が懇切丁寧、誠実ここに極まれりという対応。現在、創元社の『知の再発見』双書は156巻まで刊行されているとのことであった。
やりとりの最中、思いがけず例の「マドレーヌ現象」が生起し、K女史は吾輩が発する幻惑衒学の煙りに巻かれて窒息寸前の様相を呈しはじめたために撤収した。いずれ、折りをみて口説きのための遠征をすることを固く決意する。
創元社の『知の再発見』双書シリーズはガリマール書店から『ガリマール発見叢書』として発刊されたもので、発刊時から評判を呼び、話題ともなり、ロング・セラーに名を連ねた。それを創元社が翻訳出版権を買い取るかたちで1990年から発刊したものである。
ガリマールといえばドイツのレクラムと双璧をなすフランスの名出版社だ。創業者であるガストン・ガリマールが「文学」「思想/哲学」に果たした貢献は計り知れないものがある。設立時にはアンドレ・ジッドらが編集同人に名を連ねている。ガリマールなかりせばジグムント・フロイト、アンドレ・ブルトン、アーネスト・ヘミングウェイ、サン=テグジュペリをはじめとする「知の巨人」たちが世に知られることはなかったか、あるいは知られるのはもっと遅れていたにちがいあるまい。
J.P. サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、アルベール・カミュ、モーリス・ブランショ、エルンスト・ユンガー、ジョルジュ・バタイユ、ジャン・ジュネ、フランソワーズ・サガン、マルグリット・デュラスらはまちがってもガリマールには足を向けて寝られなかったはずだ。

装幀/ブック・デザインは戸田ツトムと岡孝治。戸田ツトムは杉浦康平、菊地信義、平野甲賀とともに吾輩が愛するエディトリアル・デザイナー、造本作家であって、1980年代から彼がデザイン/設計する書物はことごとく入手した。
「秀英社明朝」という名書体の復権は戸田ツトムがいてこそであると吾輩は考えている。実際、吾輩が敬愛し、同志とも考える松岡正剛が工作舎を立ち上げ、伝説の名雑誌『遊』を発行して野心的独創的画期的な書物を世に送り出すにあたって松岡の片腕ともいいうる仕事をしていたのが戸田ツトムであった。
いまはすっかり落ちついて、ロマンスグレーの「すてきなおじさま」ぶりを発している戸田ツトムではあるが、1980年代から1990年代半ばくらいまでの戸田ツトムといえば、その仕事の質と量において松岡正剛とともに「時代知」の最先端をまさに血煙をあげながら突っ走っていた。
我々の知の地平は松岡正剛と戸田ツトムによって拓かれたと言っても過言ではない。戸田ツトム畢生の書であり、難解とされる『断層図鑑』は吾輩の「東京探検」「東京発掘」「東京の午睡」のためのガイドブックであり、用心棒であり、教科書であり、顕微鏡であり、望遠鏡であり、高射砲であり、防空網であった。

創元社が『知の再発見』双書シリーズにおいて、装幀者/ブック・デザイナーに戸田ツトムを起用したことにまず喝采を送りたいと思う。
「”知”としてのエディトリアル」「『編集』という名の知」は吾輩の長年のテーマであり、そのために必須なのが優れたエディトリアル・デザイナーである。そして、その優れたエディトリアル・デザイナーの筆頭が戸田ツトムであり、杉浦康平であり、菊地信義であり、平野甲賀だ。
いかに中身がよかろうとポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウな装幀/造本/エディトリアル・デザインでは気持ちが腐る。眼も腐る。逆に中身は多少ポンコツでも装幀/造本/エディトリアル・デザインが優れていると中身までがその強度に引っ張られるかたちで良くなってしまう。
松岡正剛の数少ない誤謬のうちのひとつが「装幀/造本/エディトリアル・デザイン」に寄りかかりすぎた仕事のいくつかであって、松岡正剛はそれこそ千年に一人出るかどうかという空前絶後、極め付きの超絶編集者、大知識人、大智慧者、知の大強者だが、いささかの誤謬が「玉にキズ」などということでは済まされないことの自覚と表明を短い余命のうちにやり遂げてもらいたいものだ。そうでなければ松岡正剛の『野辺送りのうた』に「校了」の判は押せない。

さて、『知の再発見』双書であるが、テーマも内容も翻訳も編集もたいへんによろしい。読み物としても面白い。書棚に並べればすこぶる壮観である。数多くの図版類は戸田ツトムのエディトリアル・デザインによって生命を吹き込まれ、生き生きとしている。
単なる挿絵・参考図版も戸田ツトムの手にかかればデザインの一部として読み手を強く惹きつける。おかげで吾輩は1日に5册読了という目標をなんらの苦もなく達成できた。吾輩はめったなことでは書物についての「おすすめ」をしないが、創元社の『知の再発見』双書シリーズについては強くすすめる。
戸田ツトムと同世代もしくはそれより上の世代である子も孫もいるようないい齢を重ねた者たちがわけのわからぬ「依存」だか「ハマること」だかについて科学的思想的論理実証的な比較衡量検討のひとかけらもなく、ましてやみずからが「親和欲求」と「認知欲求」の呪縛に取り憑かれていることさえ気づかず知らず、知ろうともせず、貧乏長屋の井戸端会議よろしく、鶴と亀が滑った転んだ、茶碗が欠けた、これはホントあれはウソなどなどと四の五の朝から晩までやったところで、どうせ出てくるのは本心とは裏腹のおべんちゃらときれいごととおためごかしばかりの愚にもつかぬ御託が関の山である。
そんなヒマがあるなら『知の再発見』双書のような良書の1ページでもめくったほうがよほど価値がある。光陰は矢の如く流れ去り、お迎えはあっという間にやってくることの自覚がない者にはなにを言っても無駄ではあるが。
ソス・ド・ヴィは
オー・ド・ヴィへ
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