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アダージョ・ソステヌートの殺人者

 
 
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「人生はラフマニノフの1小節にも値しない」とクリスチャン・ジメルマンによく似た男は言った。男の口ぐせだった。男は名うての殺し屋だ。男は容赦なく殺す。とてもゆっくりと殺す。眉ひとつ動かさずに。

人生はラフマニノフの1小節にも値しない。男の言うとおりだ。特にラフマニノフのピアノ・コンチェルト第2番 第2楽章の1小節には。当然、グスタフ・マーラーの交響曲第5番にも。チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』にも。


アダージョ・ソステヌートの死。息は乱れない。常に平均律を保っている。タイム・キープ。キープ・テンポ。キープ・ザ・リズム。I Got Rhythm.

ジョージ・ガーシュウィンことジェイコブ・ガーショヴィッツは秋のニューヨークで生まれ、夏の初めのLAで死んだ。


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人生に必要なのはリズムとバランスとエアロダイナミクスと確認だ。これにいい旋律が加われば言うことなし。だが、ことはそうそううまくはいかない。変奏がある。どこのだれとも知らぬ馬の骨のせいで。チャーリー・パーカーが死んだのだって、元をただせばディジー・ガレスピーの変奏と変節に巻き込まれたからだ。No Confirmation, No Life.

男の部屋に入る。素晴らしいオーディオ装置だ。スピーカーはソナス・ファベールのAida. リラの形状をしたRed Violin仕上げのエンクロージャーが艶かしく輝いている。CDプレイヤーはLinn CD12で、カルダスのGolden Referenceを使ってKrell KSLとウェスタン・エレクトリック社製のKT88をチュービングしたMacintosh MC275につないでいる。バイアンプ駆動。おまけにスピーカー・ケーブルにはEsotericの7N-S20000 MEXCELを奢っている。完全にノックアウトだ。男は世界を支配する極意を手に入れたか、万人から気づかれずに搾取するための美学を身につけたかしたにちがいない。

マイクロ精機の超重量級砲金製ターンテーブルがゆっくりと回転している。ターンテーブルにはドイツ・グラモフォン盤のカラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニカー『グスタフ・マーラー 交響曲第5番』がのっている。

何年の録音だろうか。中学の音楽室で聴いたおぼえがある。放課後、クラーク・ケント似の音楽教師が聴かせてくれた。第4楽章の美しい緩徐の旋律に聴き惚れているときに男が口を開いた。

「仕事の前にはいつもマーラーの『交響曲第5番 第4楽章 アダージェット』かラフマニノフの『ピアノ協奏曲 第2番 第2楽章 アダージョ・ソステヌート』を聴く。そして考える。問う。人生に確証はあるか? 啓示と福音に耳をすましているか? とね。仕事が無事終わったらナタリー・デセイが歌うラフマニノフの『ヴォカリーズ』を聴く。あとにはなにも残らない。残さない。後腐れなし。そんなふうにして、私は人生の日々の景色をよくする」
「で、きょうのマークはどこのどいつですか?」
「あんただと言ったら?」
「究極のオーディオ装置で戦慄の叙情を聴けたんですから心残りはありませんよ。できれば、1970年録音のウラジミール・アシュケナージとアンドレ・プレヴィン指揮 ロンドンSOのラフマニノフ Op. 18が聴けたら申し分ないんですけどね」
「いい選択だ。ジメルマンとオザワ/ボストンSOのラフP-C No.2, Op. 18だと言ったら躊躇なく引き金を引いていた」

男は事もなげに言い、フィルターを外したソブラニー・ブラックロシアンに火をつけた。男が深々と煙を吐き出すとヴァージニア葉の甘く濃密な燻香が部屋中に広がった。

「今夜のマークは女だ。それもとびきり美人のな」

マークがとびきり美人の女と聞いて少しだけ胸の奥が疼いた。しかし、ほんの少しだけだ。どうってことはない。すべては過程のひとつにすぎない。


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S. Rachmaninov: Piano Concerto No. 2, Op. 18, 2nd mov. "Adagio sostenuto"
V. Ashkenazy, André Previn & London Symphony Orchestra (LSO)
Krystian Zimerman, Seiji Ozawa & Boston Symphony Orchestra (BSO)
V. Ashkenazy, Bernard Haitink & Royal Concertgebouw Orchestra (RCO)

S. Rachmaninov: Symphony No. 2 in E minor Op. 27, 3rd mov. "Adagio"
Mariss Jansons & St. Petersburg Philharmonic Orchestra
Gennadi Rozhdestvensky & London Symphony Orchestra (LSO)
Yevgeny Svetlanov & Russian Federation Academic Symphony Orchestra
Pablo Castellano & Teresa Carreño Youth Symphony Orchestra of Venezuela




     
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