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琥珀色の夜が来る#1 冷たい小糠雨の中の仔犬 ── 万物森羅万象に多情多恨たれ

 
 
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思い出は琥珀色に染まりゆく E-M-M
人間らしくやりたいな。人間なんだからな。KAITA-KAKEN
いろんな命が生きているんだな。元気で。とりあえず元気で。みんな元気で。ずっと元気で。N-T
世界を貪り読め。読みつくせ。耳を攲てろ。眼を見開いたまま眠れ。森羅万象に多情多恨たれ。KAITA-KAKEN


1981年晩秋。「青葉繁れる日々」はとうに終りを告げていて、永遠などないと思い知りながら、ワイオミングスイカを貪り喰いながら、街を、世界を、ビロード地下帝国のワイルドサイドをほっつき歩いていた。スパゲティ・バジリコでも25メートルプール1杯分のビールでも床一面に5cmの厚さで敷きつめられた南京豆の殻でも心と魂は満たされず、水晶とは似ても似つかぬ鉛色の世界が広がっていた。「ジョシダイセー」なる珍妙奇妙奇天烈なイキモノが肩で風を切ってのさばり歩いていた。

冷たい小糠雨が降りしきる週末の夕暮れの青山通り。1本の路地から茶色と白のブチの仔犬が顔をのぞかせた。ボクサー犬かジャックラッセル・テリアか。生後半年ほどでもあったか。仔犬は車と人と雨とでざわめき立つ夕闇迫る混乱の大通りを前に辺りを落ちつきなく見回し、小刻みに震えていた。その表情は不安と恐怖で凍りつく寸前であるように思われた。

どこからともなく晩鐘が聴こえてきた。仔犬は傘をさして自転車を走らせるクソばばあに轢かれそうになる。しかし、夕暮れの雑踏と家路を急ぐ大衆どもは仔犬には目もくれず、無関心そのものだ。それどころか、仔犬を食い殺そうとでも言いたげなほどに残酷だった。私もそのうちの一人だった。

小さな命が抱える冥さに目も眩みそうになる。そして、その小さな命を待ち受ける孤独と困難と困憊にも。

仔犬に微笑みかけることしかできなかった。それだけがそのときの私にできることだった。ほかにはなにもない。彼を抱きしめ、あたため、連れて帰りたかったが、すべての事情を勘案した結果、それはゆるされなかった。だが、それは言い訳だ。愚にもつかぬ言い訳にすぎないと今にして思う。仔犬はどんなにか寒く、凍え、心細かったろうかと思う。しかし、重要なのは言葉の数ではない。言葉の巧みさでも美しさでもない。言葉ではない。

当然に、仔犬のその後の日々がどうなったかはわからない。そして、30年の歳月の流れ。30年以上を経ても凍えるような喪失のかなしみ、痛みをともなった喪失感がある。

あのときあの仔犬をふところに抱きしめていれば。あのときあの仔犬を一瞬でもいいからあたためていれば。あのときあの仔犬にひと晩の宿りとわずかの糧とを与えていれば ── 。そのことによって失うものなどなにもなかったのに、そして、そのことによってもっとたいせつであたたかくて深いものを手に入れられたはずなのにできなかった。いや、できなかったのではない。しなかったのだ。

30年のあいだに、街からも人間からも「貌」が失われた。のっぺりとした記号だけが無目的/無感動に徘徊している。「すごい」をいつ果てるとも知れずに連発しながら(「すごい」は形容詞だ! 形容詞で形容詞と副詞を修飾するな!)。

子守唄がわりに『Metal Machine Music』を聴かされつづけた赤ん坊どもはいまやアヒルに毛の生えたようなニヒリストとして無限大の幻影を夢みる日々を生きている。彼奴らをみていれば、そう遠くない将来、近々、「世界の終り」がやってくるのはまちがいないとわかる。救いはソニーロリンズ・ベイビー島の人々が青と黒のクセノフォンの巨人の夢を見つづけていることだけだ。


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雨と子犬
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