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ヌーヴォ・リブロ・パラディーゾ#1 『ぴあ シネマクラブ 洋画編』1987年版

 
 
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遠い昔にみた映画は楽園の記憶をよみがえらせる。(F. フェリーニ)

すべての書物/テクストの類いを処分しようと思いたった。いままで陰に陽に私を支え、励まし、叱咤し、導いてきた彼らに別れを告げるのだ。今後、私の手元を離れた書物/テクストがいったいどのような運命をたどるのか。それを夢想することで残された日々をやりすごせると思うと、いまから胸がときめく。

まだ青二才の洟たれ小僧だった私の、「通説、有力説、糞くらえ!」といったやみくもさによる生意気ざかりの書き込みが随所になされた團藤重光先生の御著作と本郷のなじみの古書店で再会を果たすというような劇的な展開があるかもしれない。

また、著者署名入りの『豊饒の海』初版本全四巻が神田駿河台にある古本屋の名物偏屈おやじに毎朝毎晩、無造作にハタキをかけられる可能性もなくはない。

さらに、開高健先生の『世界はグラスの淵をまわる』がパリ・バスチーユ地区の安食堂で鍋敷きにかわり果てるならば開高大人もさぞや本望であろうとにんまりし、武蔵野の面影をわずかに残す井の頭公園のベンチの下でさびしげにうずくまっている『堕落論』を想像すると熱いものが込みあげてもきた。だが、すべての物事には出会いと別離が等しく用意されている。その条理に逆らうことはできない。逆らえば手痛いしっぺ返しを食うことにもなりかねないのだ。

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分類作業をしていると、『ぴあ シネマクラブ 洋画編』が目に飛込んできた。私に見つけられるのを待ち焦がれていたように感じられた。裏表紙をめくると、奥付には「1987年7月10日第1刷」とある。25年前だ。ぴあがいまの三番町ではなく、麹町2丁目の雑居ビルに本拠地をかまえ、株式上場を目指して元気一杯、急成長ただ中の時期である。「はみだしぴあ」の常連であったことがなつかしく思いだされる。

いかにシャープに簡潔に表現するかに腐心し、採用不採用に一喜一憂したこともいい思い出である。ある意味では「はみだしぴあ」で言語表現の基礎の一部分を学んだと言えなくもない。

ネタさがしのためにいまでは見向きもしない「サブカルチャー系」を意識して取り込もうとしていた。ネタの宝庫ではあったが、結局はそれだけのことであった。そして、その頃、私はよんどころない事情としがらみを山のようにかかえこんでおり、漂泊と暗鬱と困憊と野心の日々が無秩序混沌として入れ替わりながら、いつ終わるともしれずつづいていた。

「ぴあシネ」を読んであたりをつけ、二番館三番館で3本立て4本立てのとっくに旬のすぎた映画を来る日も来る日も見つづけた。そうとでもしなければいられない、実にいやな風向きの日々だった。映画は石ころになりかけていた私の心にいく筋かの光とかすかな潤いを与えてくれた。そしてもちろん、「ひまつぶし」「退屈しのぎ」という宝石のごとき時間も。

1980年代末当時の私にとって、「ぴあシネ 1987年版」はまぎれもなく懐刀だった。あとにも先にも「ぴあシネ」は1987年版しか入手していない。ミシュランよろしく、星の数で映画を評価しているのが簡潔明瞭、潔かった。

「ぴあシネ」はPIA MOOKSシリーズのひとつで、出せばベストセラーになっていた。980円。菊版400ページ余りの「ぴあシネ」は映画に関する情報で埋めつくされていた。クールでいさぎよい編集だった。スープに毛が入ってどうの、庭の木瓜の木がどうの、スパゲティ・バジリコがどうのといった些末、ちまちました記述がないので不安になることはいささかもなかった。それどころか、膨大な映像作品を前に圧倒されながらも、「ぴあシネに載っている映画をぜんぶみてやる!」という闘争心が沸いた。

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情報の豊富さと使いまわしのよさからいって980円というのは破格だった。文庫や新書の5冊分以上の情報量でありながら、価格は2冊分ていどであった。しかも、実際に役立つ書物である。公園のロハ台(ベンチ)で午睡をとるときには枕がわりにもなった。暇つぶしの読み物ともなったし、みる映画を決めるために事前情報をチェックするアイテムとしても大いに重宝した。そのような次第で、当時の私は片時も「ぴあシネ」を手放すことがなかった。つねに「ぴあシネ」が視界に入っていないと不安になるほどの入れこみようであった。ガールフレンドとのメイクラヴの最中でもそれはかわらなかった。コトの真っ最中にあまりに私が「ちがう方向」に視線をやるので、ガールフレンドは激こうし、しかし、コトはやめず、結局、それが原因でその恋は終わりを告げた。いろいろな恋の終わり方があることを知ったのも「ぴあシネ」のおかげである。
街中をほっつき歩いていて、二番館三番館の映画館があればすばやく「ぴあシネ」をバッグからひっぱりだした。そして、映画の内容を調べ、気にいれば迷うことなくチケットを買い、映画館に突撃した。そうだ。まさに突撃というにふさわしい。当時の私にとって映画は戦場だった。戦うことで崩壊寸前の自我がなんとか持ちこたえたのだと思える。そして、「ぴあシネ」は映画という名の戦場で闘うための戦闘服であり、マシンガンであり、ナイフであり、高射砲であり、防空網であった。

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