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黄金の羊#1 黄金の羊の訪問と村上春樹との密会

 

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 1818年以来探し求めてきた「黄金の羊」を喰らうにいたる顛末。


 ダイヤモンド入りのおむすびを食べすぎたせいで体調を崩したよい眠りに導く羊が一時的に撤収したのはゆうべのことだ。そして、昼下がり、午後2時ちょうどによい眠りに導く羊と入れ替わるかたちで黄金の羊がやってきた。未の刻参りか。羊が。羊がいなくなってまた別の羊がやってくるとはね。できすぎじゃないか? このままでは『2013年の羊をめぐる冒険』の主人公にされてしまう気がして少しいやだったが、寒い中を帰すわけにもいかないので右頬をややひきつらせながら松浦亜弥クラスの嘘くさい笑いを浮かべて黄金の羊を招き入れた。
 黄金の羊はブルックス・ブラザースの古いロゴマークの入ったずた袋を担いでいた。そのずた袋はMCS値で正確に「6PB 2.5/4」を示すネイビー・ブルーのウールでできていて、かすかにロクシタンのお茶のフレグランスのにおいがした。国際羊毛事務局のタグがとれかかっているのはなんとなくせつなく感じられた。まあ、タグに「中国製」やら「MADE IN CHINA」の文字がないのは救いと言えば救いではあったのだが。
 黄金の羊はジェフリー・ビーンのグレイ・フランネルの1958年物のにおいがした。なぜ黄金の羊のにおいとずた袋のにおいがちがうのかはすぐにわかった。ずた袋の中には年老いた月の羊が入っていたのだ。月の羊と会うのは虹のコヨーテとの長い旅が終わる前の日以来だった。あのときは私も虹のコヨーテも月の羊も若く、血気盛んで、いま思えばどうでもいいようなことや他愛のない問題についてとても神経質に向かい合っていて、無駄な争いと諍いを繰り返していた。
「やあ」と私は月の羊に声をかけた。月の羊は薄目をあけて榛色の瞳で私をじっと見たあと、「またおまいか。毎度毎度、おれの眠りを妨げるんじゃない」と吐き捨てるように言って、再び眠りについた。
「ドリーが1匹、ドリーが2匹、ドリーが3匹・・・」
 黄金の羊が月の羊の耳元で囁きはじめた。それがまるで自分の大事な仕事でもあるみたいにきちんと背筋を伸ばし、正座までして。黄金の羊が4242匹目のドリーを数えおえたとき、電脳羊のドリーがやってきた。やっぱり。うすうす予想してはいたけどね。本当に来ちゃうとはね。そのうち、サイバネティクス・シープやサイバーパンク・シープやサリンジャー・シープや鼠羊や羊男や羊博士もやってくるんだろう。もう、ここまできたら、好きにするがいい。来年はひつじ年だし。え? ちがう? いや、ちがわない。私が使っている暦ではまちがいなく来年はひつじ年だ。このことについては世界観の問題に属することでもあるので議論はしたくない。世界観はひとそれぞれだ。とやかく言われる筋合いはないし、私から言うべきことも言いたいこともない。


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 黄金の羊をポワレしているあいだ、天上からはずっとアーチー・シェップの『In a Sentimental Mood』が聴こえていた。黄金の羊の肉の焼ける匂いを嗅ぎながらアーチー・シェップのゴビ砂漠の中心にある全自動乾燥機のようなテナー・サックスの音を聴いているととても感傷的な気分になった。
 羊の死あるいは死体というのは実に色々なことを考えるきっかけになる。アイロンと蝙蝠傘の倫ならぬ恋のことやセブンナップを1日に1ダース飲むことの意味や炎の中心に立つことでえられるもののことやキャンベルのポタージュ・スープがいかにしてアンディ・ウォーホルを誑しこみ、「大量生産/大量消費/大量廃棄の無限のトリロジー時代」の象徴にまで昇りつめたかについて考えるようになったきっかけは羊たちのさまざまな死であり、思わず胸が締めつけられてしまうような死体だった。


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 私がこれまでに羊の死に立ち会ったのは数えきれないし、羊の死体を解体処理したうえで食べた量は軽く1トンは超えていると思う。そのたびに私はだれも考えつかないような問題について深く考えた。おかげで7回も東京地検公安部の強制捜査を受けることになったり、氷川丸の船長室で金羊毛騎士団のメンバーに拉致監禁されかかったり、佃島のパリ広場で「部屋ひとつに屋根ひとつ」と42000回も言わされたりした。また、村上春樹に脳羊の里親になるように言われたのは、電脳羊ドリーのいとこのテリーが反戦活動家のスタン・ハンセンにアックス・ボンバーを喰らった勢いでエジプトのガレー船(帆船じゃなくて?)の船艙に押し込まれたことが原因で窒息死したのを目撃したときに「アンドレ・ザ・ジャイアントとアレクサンドル・カレリンと雷電為右衛門ではだれが一番強いか?」と考えはじめたときだった。
 村上春樹に頼まれて十二滝村役場の畜産部から引き取った脳羊は私のところに来て3日で死んでしまったうえに、死んだとたんにすごくいやなにおいを放ちはじめたので村上春樹に電話で厳重なる抗議をした。話がちがうと。脳羊と3日いると大脳辺縁系が10年進化すると約束したじゃないかと。脳羊といっしょにクリスマスを迎えれば羊男がクレタとマルタ、208と209の双子の姉妹を2セット詰め合わせにしてプレゼントしてくれると言ったじゃないかと。


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 私が42分間ぶっつづけで抗議の言葉を並べたてると村上春樹はとても恐縮しながら「やあ」とだけ言った。そして、「お詫びに西麻布のJAY'S BAR東京支店で50メートル・プール1杯分のビールと床一面に敷きつめたソルト・ピーナッツをプレゼントするよ。1973年のピンボール・マシン、スリーフリッパーのスペース・シップと万延元年のフットボールのファイナル・チケットもつける」とつけ加えた。
「そんだけ? ビールが25メートル・プールの倍という点だけじゃないか、評価できるのは」
「では、こうしよう。ノルウェイの森を50エーカー、ホテル・ニュートリノをサイダー・ハウスの掟なしで無料で永久使用できるフーディーニ・チケットも進呈する。これでも足りない?」
「もうふた声はいっていただきたいものですな」
「そうは言ってもね、僕もヨーコの手前、そうそう気前よくはできないよ」
「グールドの『ゴルトベルク・ヴァリエーション』の1955年と1981年のファースト・エディションもつけてもらおうかな。それと林の中で首を吊った直子さんの死体が風に揺られて腐敗していく組写真一式も」
「それはひどいな。あまりにもひどすぎる」
「あなたが殺してきた友人の数と殺害の手口に比べれば僕なんか羊聖人として列聖されたっていいくらいですよ」
「もうミッシェル・ポルナレフを聴いて糞にまみれてメルドーに狂い死にしたくなってきた」
「『1Q84』の手抜きの件をばらされたくなければこちらの要求どおりにするんですな」
「あ。その件はもう羊博士のツブツブ脳味噌の西京漬けで決着がついたはずじゃないか!」
「村上さん、あなたは僕よりひとまわりも年上だし、C.O.D.ではごちそうになってばかりだし、『ALONE AGAIN』のツケを村上さんにまわしてばかりではあるけれども、それとこれとは話が別ですよ。なにしろ脳羊ですからね、相手は。しかも死んでものすごいにおいを発してる。野村沙知代なみの悪臭ですからね。ちょっとやそっとの条件では折り合いがつかないことくらいあなただってよくわかってるでしょう?」
「まあね。そりゃきみの言うとおりだけど」
「では合意形成のプロセスはこれでおしまいということで」
「わかった。ところで、樽くんはきょうはこれからなにか予定でも?」
「特には」
「では元麻布の西町インターナショナルの近くにかなりエキセントリックなレストランがあるんだけど付き合わないか? もちろん、僕のおごりで。マイバッハの送り迎え付きで」
「いいですよ。どうせ、また厄介な相談事があるんでしょう?」
「相変わらず察しがいいな、樽くんは。ひとつだけ頼まれてほしいことがあるんだ、実は」
「くわしいことはお会いしたときに」
「オーケイ」
「で、きょうの合い言葉はなににしますか?」
「勇気。」
「それは先週使ってます」
「あら。そうだっけ? では、倍音。」
「わかりました」
 このようにして私が黄金の羊の訪問を受ける端緒となる村上春樹との世紀末ホテルの夜が始まった。




     
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