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旅の終りの名もなき道の片隅でみつけた世界で一番意志強固な石ころ

 

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 The Road. 道の話だ。


 ダニー・オキーフの『O'Keefe』を手に入れたのはまったくの偶然だった。14歳、中学2年の冬の初めだった。その年の秋に母親が死に、吾輩は正真正銘、天涯孤独になっていた。
 ダニー・オキーフの『O'Keefe』は東宝会館でピーター・オトゥール主演の『ラ・マンチャの男』をみた帰り道に立ち寄った中古レコード屋で吾輩を待っていた。店の看板にはアダムスキー型の円盤のイラストが描かれ、円盤の縁に「Flying Saucer」と店の名前がへたくそな字で書いてあった。空飛ぶ円盤レコード。悪くないネーミングだった。「Flying Saucer」に通うようになったことがきっかけとなって、吾輩は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の敬虔なる信者であるパスタファリアンとなるわけだが、それはまた別の話だ。
「Flying Saucer」は横浜馬車道の路地裏にひっそりとあった。髪を肩まで伸ばし、とんぼ眼鏡をかけた痩せぎすの若い男が店番をしていた。愛想のなさはリバプール時代の火星旅行から帰ってきたばかりのジョン・レノンみたいだった。なにをたずねてもか細い声で「あっ」とか「いっ」とか「うっ」とか「えっ」とか「おっ」とか「まっ」とか「んっ」とか「こっ」とか言うだけだった。彼が難聴だと知るのはずっとあとのことだ。
 吾輩がダニー・オキーフの『O'Keefe』のレコード・ジャケットを手にし、ジャケット裏面のライナーノーツを読んでいると、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは吾輩のほうを見ずに言った。
「それ、いいです」
「聴ける?」
「はい」
 火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは注意深くジャケットからレコードを取り出し、トーレンスのレコードプレーヤーのターンテーブルの上に置いてからレコードにそっと針を落とした。聴こえてきたのはA面5曲目の『The Road』だ。初めはカントリー系かと思ったがちがう。曲を聴き、ライナーノーツの歌詞を読むと乾いた心に一滴の雨がしみこむような気分になった。値段をたずねると気持ちが少しだけひるみ、揺れたが思いきって買った。それがダニー・オキーフとの、『The Road』との、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンとの出会いだ。


ROUT66800PX.jpg


 その頃、中学1年の夏休み初日からつづいていた旅の円環はいまだ閉じられていなかった。あの遠い日の夏からきょうまでに空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の円盤には何度も乗ったが、旅は本当には完結していない。いまもだ。
 中学1年の夏休み初日以来、現在に至るまで、「とどまるな。走りつづけろ。旅は終わらない。旅はずっとつづく」と風邪っぴきのウディ・ガスリーの嗄れ声に似た声がいつも聴こえている。


The_Road800PX42.jpg


 火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは吾輩より5歳歳上だった。3ヶ月も経った頃あたりから、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは吾輩が「Flying Saucer」のピーター・マックス色のドアをあけると笑顔をみせるようになっていた。「いらっしゃいませ」などとは言わないが、そのぎこちない笑顔は火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの精一杯のお愛想ででもあったんだろう。

「これから旅をする。いいな? 用意はできているよな?」と吾輩は火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンにぶっきらぼうに言った。
「もちろんです」
 店じまいをすませ、少し息を弾ませている火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは即答した。旅と言っても、それはただ無目的に歩くだけのことなのだが。ここと決めた道を気がすむまで歩きつづけること。あるいは道の終りまで。
 その夜の旅歩きはとても気持ちがよかった。月は14番目だったし、豊饒の海ではフランスタレミミウサギがフラダンスを踊っていたし、ペーパームーンのへりに座っているテータム・オニールがたばこをふかしながらこちらに何度も何度もウィンクを寄越していた。
 130Rを過ぎると、道は突然行き止まりになった。道の果て、旅の終り。吾輩は心の動揺を火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンに気づかれないように道端に転がっている石ころのひとつを蹴飛ばしてから拾い上げた。そして、言った。
「この石ころを見てみろ。あんたより、よほど強固な意志を持っている」
 吾輩が言うと火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは目を輝かせた。


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「すごい石ですね。ほんとにすごい」
「ただな。厄介な問題がひとつだけある」
「なんでしょうか?」
「この石ころを持つ者はどんな境遇であれ、いついかなるときにも旅をつづけなけりゃならない」
「へえ。不思議な石ですね」
「そうさ。旅に関することでは銀河系宇宙において、この石ころの右に出るものは存在しない」
「樽さんはなぜそのことを知っているんですか?」
「知りたいか? おれの秘密を」
「とても知りたいです」
「それはだな。おれが宇宙を支配する巨大な意志の力の導きのもとに生きているからだ」
「なるほど」
 火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは吾輩の手のひらの上で揺れている石ころを物欲しそうにじっとみつめた。
「私にくれませんか? その石を」
「どうするかな」
「どうかお願いします。いいレコードがみつかったら、いの一番に樽さんに知らせますから」
「そんだけ?」
「以後はすべて2割引きします」
「3割引きなら考えてもいい」
「では、2割5分引きで」
「わかった。手を打とう」
 吾輩はいかにももったいつけて石ころを火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンにくれてやった。火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは生まれたてのシーズーの赤ちゃんを抱くように大事そうに注意深く石ころを受け取り、赤いマックのネルシャツの胸ポケットにしまい込んだ。
「ところで、樽さん。道は行き止まりになってしまいましたけど、このあと、どうしますか?」
「そうだな。どうするかな。後戻りするのは癪にさわるしな」
「ではこうしましょう」
 火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは胸ポケットから旅に関することでは銀河系宇宙において右に出るもののない石ころを取り出し、大きく振りかぶってから、行き止まりにある家めがけて投げた。旅に関することでは銀河系宇宙において右に出るもののない石ころはひゅうと鋭い風切り音をあげて飛んでいった。直後、ガラスの割れる音と怒鳴り声がした。吾輩と火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは元来た道を全速力で走って逃げた。それが吾輩と火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの最初で最後の旅の終りだった。とんだ旅の終わり方だが、ダニー・オキーフも歌っている。「別の街に行けば別の道がある」と。


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 中学1年の夏休み初日に始まった旅は、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンに出会った6年後、ジャクソン・ブラウンの歌う『The Road』を聴き、『The Load-Out』を聴き、『Stay』を聴いてひとまずの終りを迎えるわけだが、本当の旅の終りではない。火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンはその後、「強固な意志を持った本物の石」の後を追ってアメリカに渡り、現在ではデヴィッド・リンドレーの主治医をやりながら、「強固な意志を持った本物の石」を探しつづけている。いい人生と言えば言えないこともない。少なくとも、愚にもつかぬ仲良しごっこで日々をやりすごし、おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしを並べたててグロテスクな親和欲求や認知欲求を満足させるよりはずっとまともで上等だ。火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンはよくボブ・ディランの言葉を引き合いに出したものだ。

仲良しごっこに夢中になり、おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしを口にするたびに人生はつまらなくなるし、魂は汚れるし、顔は醜くなる

 まったく、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの言うとおりだ。

 強固な意志を持ちつづけるかぎりにおいて、あらゆることは開かれている。道がつづくかぎり旅はつづく。道が行き止まりになり、行き暮れたら新しい道を探し、また歩きだせばいい。世界にあるすべての道を歩くことはできないし、知ることはできないし、数えきることはできないが、自分の歩く道くらいなら必ずどこかにある。厄介事は歩きながら考えればいい。


 The Road - Danny O'Keefe
 The Road - Jackson Browne




     
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