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千のメルドー#6 Unable to Control TOKYO OLYMPIC 2020

 

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 メルドー物件0008 TOKYO OLYMPIC 2020


 日本の航空機事故史上、「Unable to Control(制御不能)」という表現がなされたのは、1952年4月、伊豆大島に墜落した「もく星号墜落事故」と、1985年8月、群馬県御巣鷹の山中に墜落した「JAL123便墜落事故」の2件のみだ。世界の航空機事故でみても、「Unable to Control」が発せられた例はほとんどない。
 さて、福島原子力発電所の事故は、2年半が経過した現在も、文字通り、「Unable to Control」の状況にある。ところが、日本国内閣総理大臣の安倍晋三は世界が注視する国際オリンピック委員会総会の場で胸を張り、微笑みさえ浮かべて福島原発の事故について「Under Control」と言い、「(放射性物質を含んだ汚染水は)完全にブロックできている」とさえ言い切った。わが耳を疑った。コントロール下にあるだって? 事故の全体像は無論のこと、メルトダウン/メルトスルーした燃料棒の状態、格納容器周辺の状況、原子炉建屋内部の現状、ピットを始めとする排水施設等の水回り及び大量の汚染水が流れ込んでいるトレンチの状況はほとんど把握できておらず、さらには、喫緊の課題である汚染水の個別具体的な発生源と漏出経路、その対策法のすべてについて問題解決のための具体的な方策どころか、問題、事態の把握すらできていないにもかかわらずコントロールしているだって? フクイチだけで数百万トンにも及ぶ放射性物質まみれの瓦礫をどうやってコントロールできるというんだ? これから何十年もかけて研究の途につくことどもが山のようにあるのに? いまだ完成していない「新しい技術」は基礎研究さえ始まっていないんだぞ。存在しないもの/手に入れていないものを根拠に絵空事を宣わる愚かさに気づかないのか?
 絵に描いた餅で腹はふくれないし、ペーパームーンは闇夜を照らさない。第一、餅はまだ絵に描かれてもいないし、描くための餅すら決まっていない。餅があるのかどうかもわからない。ペーパームーンは切り抜かれていないばかりか、切り抜くための元々の紙すらみつかっていない。それが福島原発事故をめぐる事態の現状である。
 完全にブロックだって? ダダ漏れなのに? 世界中の海に福島原発から漏れた汚染水が拡散しているのに? 福島原発から遥か遠く離れた地域で、日々、福島原発から放出された放射性物質に由来する放射線の線量が途轍もない数値を示しているのに? 一度でいいから線量計ぶら下げて、七生報国のハチマキを巻き、グリコ・マークのランニング・バンザイのなりをして世界中どさ回りしてきやがれ! ボンクラポンコツスカタンボンボンめが! おまえのバンザイ・クリフは世界のありとあらゆる場所だ!
 そこで霞が関の木っ端役人どもの巧妙狡猾な「霞が関文学」の愚劣卑劣が脳裏を過る。なるほど、「コントロール下にある」「管理下にある」とは実はなにひとつ内容を伴っていないがゆえに、あとで言質を取られたり、追及を受けてもいくらでも言い逃れの口実が用意できる。なるほど。これぞ「霞が関文学」の面目躍如だ。首相官邸の執務室で木っ端役人に言いくるめられ、丸め込まれる安倍晋三の姿が目に浮かぶようだ。
 すなわち、安倍晋三は「コントロール下にある」「管理下にある」とは言ったが、効果のある対策を講じているとか問題解決に向けて具体的な方策を行っているとは一言も言っていないのだ。「国際社会に対して、少なくともうそは言っていない」とでも霞が関の木っ端役人どもは考えたのだろう。下衆外道どもめが。
「コントロール(Control)」の「ロール」は、車輪を意味する「ローラー(Roller)」から派生している。「Control」の語源はラテン語で「~と照らし合わせて」を意味する接頭語の「Contra」に「車輪、巻物」を意味する「Rotulus」がついた「Contrarotulus」だ。すなわち、「巻物と照らし合わせる」というのがコントロールの本来の意味である。中世暗黒時代の商人が帳簿の写しを巻物にして携帯し、いつでもどこでも手元の残金と照らし合わせて会計管理をしていたことに由来する。ここから「巻物に照らし合わせる」という行為が、事態をつねに管理統制しておくことを意味する「Control」の語となった。すなわち、問題解決のための具体的な方策を講じることまでは意味しない。霞が関の木っ端役人どもはそのことを逆手に取ったのだ。うそは言っていない、か。だが、真実、本当のことも言っていない。言えないから言わない。言えるはずもない。事態状況の把握ができていないのだから。霞が関の木っ端役人どもがどこまでも破廉恥であることの証しである。


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 国民の生命、財産、諸権利に関わる重大事について、「うそは言っていない」で済んでたまるか。「真実、本当のこと」をはっきりとさせた地平から道は拓けるのだ。また、そうでなければならない。
「TOKYO OLYMPIC 2020」が決定して浮かれ騒ぐのもけっこうだが、大概にしておかなければならない。経済効果が150兆円あろうが、東京再開発、再整備、交通網の再構築がなされようと、東北の冬は終わらない。福島の「核の冬」は永遠につづく。終りなど見えない。終りなどあるはずもない。日本国並びに日本に暮らす者は、さらには世界並びに人類は終りなきあてどなき苦難と悲痛の服喪の旅路についてしまったのである。上っ調子に浮かれ騒ぎ、お祭り騒ぎをしている場合ではない。
 上っ調子、お祭り騒ぎはもうたくさんだ。喪はあけていないどころか、始まったばかりである。そして、この喪は千年単位でなすべきものなのだ。「TOKYO OLYMPIC 2020」で浮かれ騒ぐ輩どもは人生の同行者を失って1年も経たぬうちに近所の狒狒爺/狒狒婆と御懇ろに及ぶ下衆外道とおなじようにふしだらであると心得るべし。
 3.11もフクシマも過去形になっていない。3.11とフクシマに始まる世界の惨禍/惨劇が進みゆく態を目の当たりにしながら、終わらないことの残酷さを痛切に思い知る。進行する過去はつねに世界と人間を浸食しつづける。

 今の段階ではっきり言っておく。これから2020年の夏までのあいだに、大震災によって東北地方が蒙った途方もない被害の復興と福島原発に関わる諸問題は加速度的に隠蔽され、なかったことにされていく。そのためにこそ、オリンピックを日本で開催することがなにがなんでも必要だったのだ。それは至上命題ですらあったろう。そして、ふたつの「棄民」が誕生する。東北とフクシマと。
「将来にわたって(福島原発事故に由来する放射性物質による)健康被害の問題はない」との安倍晋三の発言によって、「健康被害認定」は鈍化するだろう。実体的には「健康被害」の認定はほぼゼロになっていくだろう。認定のハードルを上げ、霞が関語/霞が関文学によって韜晦と難解まみれの法令/条令/政令/諸規則を次々につくり、現場では重箱隅突っつきで門前払い。それが霞が関の木っ端役人、カスミガセキシロアリのやり口である。
 人々の眼を東北の復興と福島の原発事故からそらすために。霞が関の木っ端役人ども、政治屋ども、守旧派の海千山千、既得権益に群がる有象無象にナメられ、コケにされていることに気づかないのか?
 復興関連予算が公正に迅速に無駄なく、そして、つつがなく執行され、福島原発事故に関わる諸問題解決のための方途がその緒についた段階でオリンピック開催に手を挙げるならまだ話はわかる。そして、東京ではなく東北、もっと言えば福島で開催することにこそ意味も意義もあった。しかし、そうはならなかった。なるはずもなかったが。
 人類史に永遠に記憶されるべきヒロシマ、ナガサキの大悲劇は70年足らずの歳月を経ただけで、いまや人々に忘れ去られようとしている。思いだすのは毎夏の「式典」のときくらいだ。ロンゲラップ島、チェルノブイリの惨事すらも同様である。推して知るべし。「人々の眼を東北の復興と福島の原発事故からそらすためのシナリオ」はすでに出来あがっていて、そのシナリオ実現のための悪事悪辣を、霞が関の木っ端役人、政治屋ども、メディア、腐れ電通/博報堂らは遮二無二に、そして総がかりで繰り出してくる。そのことの果てにあるものはなにか? 日本の滅びの刻限が早まるということである。おめでたいにもほどがある「TOKYO OLYMPIC 2020」だ。過去の罪悪を頰っ被りして落とし噺の蘊蓄講釈を恥も知らぬげなカビの生えたようなぶった言説で自慢たらたらに垂れる糞ったれ、下衆外道、いい齢をぶっこいてチンピラ音楽に血道をあげる能天気、季節の変わり目に枝ものを飾って得意満面な極楽とんぼどもはUnder Controlどころか、十把一絡げでYou're Under Arrestだ!

 見よ。骨十字と蝋燭の旗が死の風に翻っている。滅びの船団は音もなく滑るように近づいてくる。


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    [C150] 勝ち目はない

    オレは今、福島出身の女の子と付き合っている。このコも久美ちゃんで、コメダの久美ちゃんと合わせて久美ちゃんズなわけだが、福島の久美ちゃんのお父さん(オレと同い年)は彼女に「オレたちはモルモットだから」と言っているらしい。国民に実験動物たることを強いる国家など先の大戦下の全体主義国家と質的には何ら変わらぬ。
    日本のジャーナリズムの問題点はメディア論とジャーナリズム論が混同されていることだ。メディアとは市場原理に則って営利活動を行う組織体であり、その意味では一般企業と変わらぬ。ただし、ジャーナリズムにおいては営利より倫理が優先されねばならぬ。つまり、儲からなくても、あるいは営利に反しても伝えることは伝える、それがジャーナリズムだ。日本にはNHKだの朝日新聞だの立派なメディアはいくたりもあるがそこにジャーナリズムはない。
    それでも既存メディアを利用して言説を発信していくしかない、というのがオレの立場だ。市場と批評に言説を晒す立場に、幸か不幸か身を置く者の債務である。
    石巻の被災者は、オレに「忘れられることがいちばん怖い」と言った。オレはジャーナリズム不在のジャーナリズムの中で、国家が張り巡らす忘却装置と闘争しなければならない。3.11および3.14を「なかったこと」にしようとする勢力はすべからくオレの敵だ。
    病身故、働くこともままならず、オレは今困窮している。活動資金を捻り出すことさえ容易ではない。幸い、数少ない理解者が経費を認めてくれているが、当然、資金的には不十分だ。体調悪化の間隙を縫って労働しなければならない。
    勝ち目はゼロの戦いだ。だが、開始してしまった以上、継続しなければならない。オレは今、恐ろしく不機嫌だ。「常に上機嫌でお気楽な男であるべし」というテーゼは捨てた。眉間にはあからさまに縦皺が寄っている。今のオレには冗談は通じない。
    大向こうの声援などいらぬ。ただ、オレの言うことが分かる少数者が、心の中でエールを送ってくれればそれで良い。
    • 2013-09-14 02:27
    • ガジン
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