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スタジアムの夕暮れ/陽が昇り、陽が沈むまでの人生の刹那になにをプレイできるか?

 

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 スタジアムは生きている。生きて、不思議に親しげな息づかいで、プレイする者たち、それを見る者たちにしきりに問いかけている。スタジアムは陽が昇り、陽が沈みきるまでの短いうつろいの中に生き、問うている。


 その頃、私は恐ろしい悲運の連続する熱病のような困憊のただ中にあった。夕闇迫る神宮の森をさまよい歩きながら、日々の生活の困難に押し潰されつつある自分に思いがけず凶暴な感情が膨れ上がっているのを知った。気持ちの昂ぶりを鎮めるために、私は神宮第二球場の薄暗がりの中へ忍びこんだ。夕闇のスタジアムへ紛れこんでいった私を待ち受けていたのはざらざらした盲目の鏡のような土だった。私はその土の上へそっと頬ずりし、暗がりの左打席にしばしたたずんだ。そして目を閉じ、前の晩にスタジアムを埋めつくした観衆を思い描き、シーズン前の疎らな見物客を思いだし、古代の円形闘技場で血の儀式に熱狂する人々を夢想した。

 天使たちの戯れの争い。
 天使たちのやわらかな息づかい。
 天使たちのほのかな汗の匂い。
 万国旗を奪われたまま風に唸りをあげるポール。


 それらをやさしく包み込み、スタジアムはゆっくりと呼吸を続けている。そして、突然の闖入者である私さえをも、そのふところ深く抱きとめてくれているように思われた。


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 スタジアムの魅力は設備の豪華さとは比例しない。同様に、グラウンドはただ美しく整備されているだけでは完結しない。表面に現れない不可視の影の部分と、現実に眼前にあるスタジアムとグラウンドがせめぎ合いながら作りだす不均衡の迷宮の中にこそ魅力も美しさもある。


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 スタジアムは人工的でありながら原始的だ。われわれ現代人がスタジアムに足を運ぶのは、都市がとうに失ってしまった「原始」にまみえたいという欲望のあらわれでもあるだろう。
 スタジアムは古代ギリシャの距離の単位、「スタジオン」に由来する。1スタジオンは約200メートル。沈む太陽が地平線に触れ、完全に没しきるまでのあいだに人が歩くことのできる距離だ。
 不安と孤独と哀しみの200メートル。道を急ぐ旅人がその日の宿りを求めて歩くときの不安とせつなさに似た気配がスタジアムに漂うのはそのせいでもあろうか。選手たちがプレーのさなかに垣間みせる哀しげな表情は古代ギリシャの旅人たちのそれであるのか。


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 ひととき、夕暮れのスタジアムに身をゆだねると、熱病のような困憊はいつしか心地よい疲労感に変わっていた。天使たちの束の間の休息に立ち会いながら、スタジアムがいったいなにを問いかけているのか理解できたような気がした。そして、来たときとはまた別の種類のステップでスタジアムをあとにした。スタジアムが問うているのは陽が昇り、陽が沈むまでの人生の刹那におまえはなにをプレイできるかということだった。

 夏休みが終わる残りの数日のあいだに、世界中の大小取り混ざったスタジアム、グラウンドではいったいどのような種類の汗が流されるのだろうか。世界の果てからまだ見ぬ未来のイチロー、メダリスト、Jリーガー、小さな天使たちにささやかな声援を送ることにしよう。


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