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遥かなるスペイン#1 パパ・ペペ

 

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 スペインを旅したとき、バルセロナのさびれた漁師町で土地の古老と知り合った。名をホセといった。私は親愛の情をこめてパパ・ペペと呼んだ。私がそう呼ぶと、ホセは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
 パパ・ペペは80歳近いにもかかわらず、肌はみずみずしく艶やかで、海で鍛えあげた赤銅色の肉体は地中海の豊饒なる光を受けて眩しく強く輝いた。
 夜、漁具の手入れをしながらパパ・ペペは自らが生きてきた80年におよぶ人生を言葉少なに語った。スペイン内乱時、フランコ軍との戦いにおける武勇伝や、戦いのさなかに妻と子を失った悲しい物語を身振りをまじえ、ときに涙ぐみながらパパ・ペペは語った。
 私はパパ・ペペから多くのことを学んだ。潮の見方、舵の取り方、銛の扱い方、流木を使ったナイフ細工、酒の飲み方、さらには女の口説き文句までをパパ・ペペは私に教え込んだ。そして、なによりも、男としての生き方、男が男でありつづけることの孤独と困難を私に教えた。
 ある朝早く、パパ・ペペは私を漁へ連れ出した。旧式の船外機がついた小船はひどい喘ぎを発しながら出港した。港を出てまもなく、最新式のクルーザー船が私たちのすぐ横を波を蹴立てながら疾走していった。
「あんなものは漁師の乗るしろものではない」
 パパ・ペペは吐き捨てるようにそう言った。私はパパ・ペペから眼をそむけた。私自身が責められているように思えたからだ。日暮れまでかかって獲れたのは鱸に似た美しい魚が2匹だけだったがパパ・ペペは充分に満足していた。その静かで自信に満ちた表情は男の誇りとも、男が男であろうとした時代の、最後の、そして最良の抵抗のしるしとも見えた。
 去る日。パパ・ペペは友情のあかしにと使い込まれて黒光りする愛用の銛の1本を私にくれた。私がお礼のつもりでウォークマンとカセットテープを差し出すと、パパ・ペペは急に怒ったような表情になり、私を突き放し、そして背を向けた。
 男と男の友情に代償はいらない。── パパ・ペペはなにも言わなかったが背中が語っていた。私に背を向けるパパ・ペペの大きくたくましい肩が小刻みに震えている。涙がとめどもなくあふれる。うれしかったのでもないし、かなしかったのでもない。感傷の涙などではもちろんなかった。それまでに流したことのない種類の涙だった。それは男の誇り、男の勇気、男の孤独、男の哀しみを目の当たりにしたときにだけ流れる涙らしかった。
 私はうしろからパパ・ペペを力のかぎり抱きしめた。すると、旅のあいだに起った様々な出来事、風景、出会った人々の顔が次々とよみがえり、そして消えていった。それがパパ・ペペとの、多くの人々との、そして、スペインとの本当の別れだった。パパ・ペペのくれた銛は、かわることのない友情のあかしとして、いまも私の部屋の壁にかけてある。
 
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