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東京美味礼讃#2 居酒屋・丸十(港区麻布十番2丁目)

 
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 六本木ヒルズを目指す人々で色めきたつ麻布十番商店街の一本裏手の地味な通りに「居酒屋・丸十」はある。創業は1980年代半ば。老舗というには及ばないが、すでにして麻布十番の地にどっしりと根を張っている。地元の長老が定刻どおりやってきては「いつもの席」で盃を傾ける姿を目撃できる店だ。流行や向こう受けを狙うような軽佻浮薄さとは無縁である。
 夕暮れ前、麻布十番温泉がまだ存在していた頃は湯につかり、じゅうぶんに英気を養ったところで向かうのは「居酒屋・丸十」か、もつ焼きの「あべちゃん」と決めていた。向かう際、たとえ遠回りになることがわかっていても、裏通りを歩く。さすれば、「あなたも大事なものを失う。」なる花泥棒への警告文やら犬糞始末のお願い文やら「オトコ、浴衣あります。」という謎の宣伝告知文やらといった「稀少物件」を目撃できるからだ。(存外、知られていないが、麻布界隈は「稀少物件」の宝庫である。)
 わが五臓六腑は一刻もはやい般若湯の摂取を要求するが、五臓六腑どもの要求をおいそれと受けつけるわけにはいかないし、お愉しみは後回しにしたほうがよほどありがたいというものだ。「武士は喰わねど高楊枝」たる態度は品格品性を涵養するための必要欠くべからざる要件でもある。
 さて、本邦において店で酒を飲む愉しみがいつ始まったのかついては詳らかではないが、江戸初期にすでにあった「煮売り屋」を居酒屋の嚆矢とする向きもある。「煮売り屋」は野菜や魚介の煮つけたものを行商や屋台で商う商売で、現在なら、さしずめ惣菜屋か仕出し屋にあたろう。「煮売り屋」のほとんどは立ち食いであった。最初の飲食店を蕎麦屋とする説があり、また、浅草・金龍山浅草寺の門前にできた「奈良茶」が飲食店の元祖であるともいわれる。明暦三年の大火頃、俗にいう「振袖火事」のあとだ。客に出すのは茶飯(豆の類いを混ぜた茶飯を茶漬けにしたもの)、煮しめ、煮豆、豆腐汁。このような茶漬飯屋は現代のファースト・フード店といった印象をぬぐえず、「飲み屋」の雰囲気とはほど遠いものであったろう。
「居酒屋」なる呼称は十返舎一九『東海道中膝栗毛』中に散見される。作品中にみえるのは「居酒屋」と「居飯屋」である。十返舎一九の時代は酒を飲む店と飯を食う店が分けられていたようだ。
 さてさて、「居酒屋・丸十」である。店主はこれまで銀座を皮切りに東京の中心部で数々の飲食店を手広く手堅く営んできた「飲食のプロ」だ。その店主がみずからの「美食人生」の経験をもとに独学で身につけた数々の料理、酒の肴が饗される。事実と経験の集積による本物の、そしてまちがいのない酒肴の数々が「居酒屋・丸十」にはある。十返舎一九も曲亭馬琴も鶴屋南北も山東京伝も、そして、かの朴念仁、本居宣長でさえ「居酒屋・丸十」に足繁く通ったにちがいあるまいと思える。洗練や洒脱や軽妙はないが、いずれの料理もしっかりどっしりうまい。おふくろの味もあればおやじどもが思わず舌なめずりしそうな肴もある。
 煮物、和え物、焼き物、炒め物、もつ焼き、そして、魚の干物、焼き魚。これらの味は一流店に引けを取らない。しかも、お代はその半額以下と思えばよろしい。おまけに、「これこれ、こういうものが喰いたい。」と店主に所望すれば(もちろん、見目麗しく、にこやか鄭重に)、即時とまでは言わないが、早ければ翌日には食せる。これは有り難いことだ。
 若者が「おとなの味、酒の飲み方」を身につけるための修練の場として通うのもたいへんにけっこうなことである。おすすめしたい。やれフレンチだ、やれイタリアンだ、やれエスニックだのと浮かれ騒いでいる場合ではないことにそろそろ気づかなければならない。
 店主の饗応の態度は、そこはそれ、プロ中のプロである。心配暗鬼はいっさい無用である。大安心大満足できる。テンポよく歯切れよくセンスのいい店主の話芸もまた格別の酒の肴となろう。何度か、食と接客態度にうるさい知人友人を案内したが、いずれも大満足大感激、いつのまにか勝手に常連になっていた。オリジナル(わたくしである。)を大事にしないという性向を彼らは恥じ、改めなければならない。仁義に悖ることだ。
 火灯し頃、いまや幻となった麻布十番温泉で浮き世の垢を流し、日々のしがらみを忘れ去って、そののち、夢見心地のうちに、事実と経験に裏打ちされ、心のこもった、しっかりどっしりとうまい肴で酒を飲む。水鳥(*)の気分だ。これ以上の贅沢にはここのところお目にかかっていない。案内料がわりに奢ってやろうという剛の水鳥者の現れるのを麻布十番温泉跡地で豆源の塩豆などつまみながら待つ。損はさせない。ほろ酔い気分の値が高くついてはならない。事実と経験は小説よりも美味で水鳥の羽根よりも軽やかなりである。
 
*酒は「シ」と「酉」でできている。すなわち、水鳥。

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