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I am no one#3 セクシーでタクシーでジバンシィでゼクシィでミクシィな話

 

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2004年の夏に最終の山手線が去ったあとの田町駅駅前で筆舌につくしがたいほどセクシーな妙齢の御婦人と乗り合いタクシーに同乗した。年の頃30代半ば。セクシーな彼女はタクシーが動きだしてしばらくするとジバンシィのロゴマークがこれみよがしにプリントされたトートバッグから雑誌を取り出した。リクルート発行の『ゼクシィ』だった。ことはそれだけでは終わらない。

「mixiって御存知ですか?」

突如、乗り合いタクシーに同乗しているうえにセクシーでジバンシィのロゴマークがこれみよがしにプリントされたトートバッグからゼクシィを取り出した彼女がたずねてきた。

「SNSの?」

私はかなり動揺しながら答えた。

「そう」
「名前だけは。でも、ID登録はしてません。なんだか胡散臭くて。カルト宗教みたいで」

私はやや冷静さを取りもどして言った。

「よろしかったらこれ」と乗り合いタクシーに同乗しているうえにセクシーでジバンシィのトートバッグからゼクシィを取り出した彼女は名刺を差し出した。名刺には「株式会社ミクシィ 取締役顧問 笠原メイ」とあった。

「笠原メイさんて、『ねじまき鳥クロニクル』の?」
「そうよ」
「やっぱり。あれですか? 岡田さんの家に下宿してて、亨さんと不倫していて、クミコさんとはレズビアンの関係で、岡田さんの家の屋根か洗濯物干し場で毎日毎日日光浴して、亨さんに対してはつねに命令口調で、上から目線の態度を取っているというのは本当ですか?」
「全部うそで本当よ」
「亨さんがカラマーゾフの兄弟の名前をすべて言えて、炊事、洗濯、掃除などの家事が大好きで、毎日欠かさずスイミング・プールに通っているというのは全部本当ですか?」
「全部うそよ。真っ赤なうそ。デタラメ。あんな怠惰で不誠実な人間はいない」
「亨さんと別れたんですね?」
「いまの夫よ」
「あなたは本当はだれなんですか?」
「笠原健治の妹にして”足跡の妖精あるいは化身”よ」
「なるほど」
「わたしのマイミクになりなさいよ」

笠原メイは急に「上から目線」になって言った。それは拒否しようのない命令の類いに思われた。

「ええ。暇なときにでも。第一、ID登録もしていませんしね」
「登録なさいよ」
「はい。いずれ」
「今すぐよ!」

乗り合いタクシーに同乗しているうえにセクシーでジバンシィのトートバッグからゼクシィを取り出したミクシィの”足跡の妖精あるいは化身”である彼女は憤慨したように言った。そして、2004年の夏世界には存在しないはずのiPhone 5を虚空の薄闇から取り出した。

「これでわたしにマイミク申請しなさい」

笠原メイの口調はさらに命令的になっていた。いや、命令的というよりも、すでに100パーセント命令だった。しかも、その命令には私の人生に躊躇なく踏みこんでこようとする強固な意志の力が感じられた。私はそれまでの人生でそうしてきたように自分自身の魂に警戒警報を発令した。そして、これ以上事態をどの方向にも進ませないために一番ふさわしい言葉をごく自然に伝えた。

「はい。わかりました」

私は乗り合いタクシーに同乗しているうえにセクシーでジバンシィのトートバッグからゼクシィを取り出したミクシィの”足跡の妖精あるいは化身”である彼女から2004年の夏世界には存在しないはずのiPhone 5を受け取り、ミクシィにログインし、ID登録をすませた。ニックネームは「歩行する貝殻」にした。それから、笠原メイの名刺に載っている彼女のmixi IDを入力してページを開き、マイミク申請した。笠原メイはミクシィのプロフィール画像より本物のほうがずっと美しくてセクシーでジバンシィでゼクシィだった。これは保証できる。

「申請しましたよ」

言ったが、もはや笠原メイの姿はねじまき鳥と泥棒かささぎの塩焼きのようにきれいさっぱり消えていた。

「運転手さん! 彼女は?!」
「彼女?」
「うん」
「お客さんは最初から一人だったがですが」

運転手の顔をバックミラー越しによくよく見ると羊男だった。羊男タクシー運転手の額には「ミクシィ不倫断固粉砕!」と黒の油性マジックで書かれていた。ダッシュボード左隅のタクシードライバー登録証には「笠原亨」とあった。

ミクシィに登録してからというもの、実に不思議で胡乱で厄介で跛行的で痙攣的で愉悦的で快楽的で衝動的で1指パッチンに65刹那的で不愉快で愚劣で卑劣でナンセンスなことばかりが立てつづけに起こった。よかったのは高畑勲とのパイプができたことくらいだ。そのような次第で、私のミクシィのIDナンバーは一桁だ。

乗り合いタクシーに同乗していたうえにセクシーでジバンシィのトートバッグからゼクシィを取り出したミクシィの”足跡の妖精あるいは化身”である笠原メイが虚空の薄闇から取り出した2004年の夏世界には存在しないはずのiPhone 5はいまも私の手元にあり、重宝している。料金の請求はないし、利用料金をまったく払っていないにもかかわらず、iPhone 5はなんらの問題もなく使える。きっと、笠原メイが虚空の薄闇から2004年の夏世界には存在しないはずのiPhone 5を取り出したときのように、なにかしらのことをしているんだろうと思う。

笠原メイとはいまでもマイミクだし、ときどきメールやミクシィ・メッセージのやりとりもするし、電話で話したりもする。上から目線、命令調は相変わらずだ。電話のうしろから「めし喰わせてほしいがですが」という羊男タクシー運転手である笠原亨の声が聴こえることもある。たぶん、世界は2004年の夏とそれほど変わってはいないんだろう。それはそれでよろこぶべきことなのかもしれない。

セクシーでタクシーでジバンシィでゼクシィでミクシィなミステリーだと思えば人生が幾分かはファニーでファンキーになる。アベノミクスがアベノミクシィにでもなれば、その影響でミクシィ社の株価が騰がって笠原メイは海辺のカフカ・レストランでリスキーでトリッキーでキャッチーでジューシーでスムージーでアーシーでギャラクシーでマーシーでチャーミーでナンシーでティファニーなナイーブ・ロースハムのステーキくらいはごちそうしてくれるかもしれない。本牧のリンディの経営を任せてくれたりしたら、もう気分はホーミーでバグジーでブルージーでグルービーなのだが、そこまで望むのはクレイジーと思うしー。


BERLUTI_I_AM_NO_ONE800PX2013081942.jpg





     
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