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ドリーミーな意志のスタイル#4

 

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 昔々の大昔。世界の果てのだれも知らない島の森の奥に花や鳥や動物たちの楽園があった。その楽園には虹を食べる7匹の小鬼が住んでいた。タカナカ族の人々はその楽園を「虹の楽園」と呼び、強く憧れ、深く敬った。妄想ベンチは虹の楽園からやってきた。E-M-M


 いつかは虹の楽園について話さなければならないと思いながら、42年が経ってしまった。虹の楽園の天候や光の具合や風向きについて。特に虹の楽園とアンドレ・リュウの義理の弟のサウダージ・ジウが降らせる慈雨との関係について。
 小学校3年生、8歳の夏に経験した不思議な出来事をずっと胸の奥に秘めて生きてきた。私が経験したことを口にすれば周囲のおとなたちや同級生や底意地の悪いオールドミスの宮本という教師にひどい目に遭わされると思って私は口をつぐんだ。
 彼らは私が無口だと思っていたらしい。実際、私は人前でほとんど喋らなかった。口を開くのは物を食べるときと息を切らせるくらいに走るときと『カエルの歌』をうたうときくらいだった。『カエルの歌』をうたうときは周囲にいる者がびっくりして後ずさりするほど大きく口を開けた。『カエルの歌』をうたうときに大きく口を開けるのは、当時、朝から晩まで、縁の下だろうと薄暗い体育倉庫の中だろうとサンドマンが息を潜める闇の中だろうと、まばゆいほど緑色に輝く黄金のカエルが数少なくたいせつな友だちだったからだ。黄金のカエルは私が『カエルの歌』を口を大きく開いて大声でうたうと、手足をばたばたさせてとてもよろこんだ。すかんぽの茎を笛に見立てて『カエルマン・クラブのうた』を演奏してくれることさえあった。黄金のカエルの『カエルマン・クラブのうた』を聴くとすごく元気が出た。
 ところで、私の無口を茶化したり、馬鹿にしたり、揶揄した者は例外なくむごたらしく不審な死を遂げた。特に、底意地が悪くて、太ったマントヒヒのような顔をしたオールドミスの宮本という担任の教師は、背中と腹、脚と腕とが入れ替わり、目玉がメダカに変わり果て、口びるには1万1千本の鞭とペンチが生え、髪の毛はオヅラトモアキに強奪されたうえに、頭皮に便所紙ヒコーキの絵を描かれるというひどい有様で小学校の脇を走る京浜急行の線路の土手で黄色い十字架に磔にされて死んでいた。宮本と愛人関係にあった小学校の校長と町内会長を除いて、宮本の死を喜ばない者はいなかった。だれもがなにかしらのかたちで宮本から嫌な目に遭わされつづけていたからだ。

 私がまともに口を開き、猛烈な勢いで喋りだしたのは妄想ベンチとの出会いがきっかけだった。屋根裏部屋の真夜中の散歩相手である人間椅子に座ることにも飽きて、私は新しい椅子を探していた。私は宇宙を支配する巨大な意志の力の導きによって町外れを流れる川(本当の名前は「中村川」だが、私は「外縁川」と呼んでいた)の川沿いを歩いているとき、それまでに何遍も歩いている道の路地に覚えのない風景が突如現れた。その風景はとても殺伐としていて、地面は荒れ果て、すべての植物が茶色く枯れていた。その不思議な風景の真中に妄想ベンチはいた。
 外縁川は、およそ人間が生活するには似つかわしくないポトラッチ・トーテムポールが規則正しく並べられていて、たいていの通行人に冷水を浴びせた。その冷水は実際、とても冷たかった。だれもいない夏の盛りのプールサイドとおなじくらいに。
 妄想ベンチと出会ったときも、わたしは外縁川に臭くて酸っぱくて憎悪に満ちた冷水を頭のてっぺんから爪先までたっぷり浴びせられていた。
「かわいそうに」と妄想ベンチは言った。
「うん。でも、いつものことだ」
「話してごらん。どんなことでもいいから」
「笑わないかい? 馬鹿にしたりしない?」
「しないよ。約束する」
 そして、私は喋り、吐き出しはじめた。8年間の人生を生きてきたあいだに私の中に巨大な嵐のように渦巻き、膨らみつづけた言葉の塊りを。

 15分ほども妄想ベンチを眺めていると妄想が次から次へと膨らんできた。彼がまだ新しかった頃のこととか、この荒れた道の傍らに来るようになった経緯とか、この場所に来てから最初に座ったのはだれだろうかとか、ファニカとチャンチャンのならず者コンビは座らなかったかとか、これ見よがしにぶら下げているアズカバン鞄は、本当は中身は空っぽのくせにたいへんなお財宝が入っているとみせかけて多くのひとを手玉にとり、だまくらかして身ぐるみ剥がしてしまう詐欺師の婆さんに狙われなかったかとか。あるいは、まちがいなく、私が見つける前に妄想ベンチに話しかけたひとがいたにちがいないから、その話しかけたひとはいったいどんなことを話したのか。愚痴? 自慢話? 小言? あるいは、妄想ベンチに恋したひとはいないのかとか。
 すっかり妄想ベンチを眺め、妄想ベンチのあらかたについて観察分析をすませてしまうと気分は外縁川にいやな冷水を浴びせかけられたときよりずっと良くなっていた。
 かれこれ1時間ちかくも妄想ベンチと話しこんでいるあいだに、通りはにわかに活気づき、私と妄想ベンチのまわりには人だかりができていた。妄想ベンチは身寄りのないホームレスや孤独な老人の話し相手になり、雀を蹴飛ばし、踏みつぶすことでようやく世界との絆を確認しているスペイン人やアスペルガーの夫を持つかわいそうな妻の愚痴の聞き役になった。さらには、こどもの遊び相手をし、ときには子守まですることさえあった。
 妄想ベンチの出現によって街はその不確かな壁を少しずつではあるけれども低くし、ついには跡形もなく消し去った。妄想ベンチのおかげで街全体が活気に満ちた。次のオリンピックを招致しようという話まで持ち上がった。そんな最中に妄想ベンチは突然消滅した。街のだれもが残念がったが、妄想ベンチの消滅によって一番打撃をうけたのは私だった。妄想ベンチの消滅とともに、私は元通りの滅多に口を開かない風変わりなこどもに戻った。そして、42年を経て、妄想ベンチは思いもよらないかたちで私の前に姿を現したのだ。
「やあ。ひさしぶり」と妄想ベンチは言った。
「やあ。ひさしぶり」と私は答えた。
「なにから話してくれる?」
「なにからなにまで」
「うん。それがいい」
 そして、私は42年のあいだに私の人生に起こったことをなにからなにまで話しはじめた。




     
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