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「アフリカへの憧れの旅」から帰ってきた永遠のギター・モボ

 
 
MOBO00.png

 トーチカの深い穴ぐらからワタナベカヅミは出てきた。ブルー&レッドのキリンにまたがっていた。体型はあいかわらず小型冷蔵庫だったが颯爽としていた。ブルー&レッドのキリン上のワタナベカヅミはストラップを前に持ってきて、よく使いこまれたオベーションの12弦ギターを佐々木小次郎のようにかついでいた。その姿はさながら百戦錬磨の剣豪を思わせた。チュニジアの夜の闇の光がワタナベカヅミの顔を照らすと、ワタナベカヅミは少し目を細めた。

kylyn01.jpg

 最後にワタナベカヅミに会ったのは19年前、「ナカムレサダノリ先生の還暦をお祝いする会」のパーティー会場だった。パーティーは渋谷の桜丘町にあるヤマハ音楽教室本館・大会議室で行われた。パーティーが終わるころ、ワタナベカヅミはオベーションの12弦ギターを持ち、ナカムレ先生のそばに近づいた。
「『マイ・ミスター・ギターマン』という曲です。ついさっきできあがりました。ナカムレ先生に捧げます。先生、聴いてください」

DOGATANA01.jpg

 ワタナベカヅミはぼそぼそとひとり言のようにつぶやいた。そして、用意された椅子に座ると目を閉じ、しばし考えこみ、ギターを弾きはじめた。幾千億の鈴がいっせいに鳴りわたった。そのように聴こえた。グルーヴィー&クール&ハートウォームこのうえもない、心のこもったすばらしい演奏だった。参加者の中には肩をふるわせてすすり泣く者までいた。私だ。ナカムレサダノリ先生は奥様から渡されたターコイズ・ブルーのハンカチで何度も目頭を押さえた。それくらいいい演奏だった。もしかしたら、『DOGATANA』とともにワタナベカヅミの数ある名演の中でもトップ3に入るかもしれないとそのときの私は思ったものだ。残念ながら、このときの『マイ・ミスター・ギターマン』はいまにいたるもレコーディングされていない。おそらく、そのあたりがワタナベカヅミの心意気、仁義、心映えなのだろうと思う。「キリン・サーカス団の名において、ナカムレサダノリ先生にだけ聴いてもらいたい」と。

tochika00.png

「おい、ワタナベカヅミ!」
 私が声をかけるとワタナベカヅミは冷蔵庫みたいに頑丈そうなからだに気を漲らせ、一瞬だけ身がまえ、すぐに顔中をしわくちゃにして笑った。なつかしいモジャモジャつるつるした笑顔だった。「おまえ、太ったな」と私が言うと、ワタナベカヅミは答えるかわりに『Over the Rainbow』を弾いた。
 私とワタナベカヅミはJ.S. バッハの身長のことや、天国につづく階段の段数のことや、天国の住宅事情のことや、お互いの翼がめっきり年老いたことや、ワタナベカヅミの大好物の桃のことや、星影で歌うステラちゃんの髪の色のことや、シェルブールでなくした雨傘をカトリーヌ・ドヌーブがホテルまで届けてくれたことや、クレオパトラが毒蛇に噛まれる直前に見ていた夢のことや、宇宙へ向かって思いきりジャンプするコツや、二人で夜通し語り合い、酒を酌みかわしたチュニジアの『されど、われらが日々』のことや、月の砂漠を二人ならんでラクダに揺られながら「渋谷の新華楼のシュウマイを何個たべられるか?」について議論したことをなつかしく、そしてとても気持ちよく話し合った。時間はまたたく間にすぎ、ワタナベカヅミは旅の仕度をはじめた。

KAZUMIWATANABE03.jpg


「”いい日計画”は毎日でも立てようぜ」とワタナベカヅミは言った。
「もちろんだ」と私は答えた。
 ワタナベカヅミは私が言い終えるやいなや、ブルー&レッドのキリンに飛び乗り、ものすごいスピードで砂漠にかかった虹の彼方へと消え去った。まったく! あいかわらずすばしこいやつである。

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