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Gombessa Contessa#1 誰も知らない、生きない、僕ってなに?/またしても、森田童子に別れを告げる。

 

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 童子はやがて大童になり、紅顔の美少年もいつか皺だらけの爺さんとなり、やがて髑髏となる。 E-M-M

 
 暗躍海星の暗躍により、森田童子のファースト・アルバム、『GOOD BYE/グッド バイ』を入手し、聴いた。入手後、しばらく聴くことはなかった。「いまさら、森田童子でもなかろう。」というのがすぐに聴かなかった理由である。
 ときどき、突如として、前後の脈絡なく、不条理きわまりもなく、おちゃらけ、浮かれ騒いでいるボンクラどもを、全存在をかけ実存をさらけだして、踏みつぶしてやりたくなる。もちろん、やらない。踏みつぶしたところで、次から次に「おちゃらけ浮かれポンチ」は湧いて出てくるからだ。だが、そのような「踏みつぶしたい衝動」に襲われたとき、外で、ひとりで、酒を飲んでいたりすると、事態は深刻な方向へ推移する。一大悶着の発生という次第である。であるからして、このごろは、よほどのことがなければ、外で酒を飲むことはしない。接待も宴席もすべて断る。悪童時代の腐れ縁仲間に誘われても、断固として断る。なにがなんでも断る。

「おれが例の、アレ状態になったとき、おまいがおれのケツを拭いてくれるというなら、飲んでもいい。」

 そのように言えば、よく事情を知った者は快くお誘いを撤回してくれる。持つべきは悪友、朋輩。余計なことはいっさい言わず、たずねず、即座に察する。けっこうなことである。

 さて、「自我」ばかりが無節操に肥大した能天気な「おちゃらけ浮かれポンチ」どもは、無節操ぶり、能天気ぶりをさらに加速させながら、今後もますます増殖していくんだろう。それでいい。吾輩の知ったことではない。この東海の小島の国はもうどうにもならない。なにも期待などしない。だが、待てよ。森田童子が登場したとき、おれはなにをしていたんだ? 極悪非道祭の先頭を突っ走っていたのではなかったか? 時代はかわらず、時代はめぐり、「おちゃらけ浮かれポンチ」はいつの時代にもいたということか。こんなときこそ、自嘲し、自重し、「生Poisson d'Avril問題以前」の次長課長のDVDでもみて、ムフフムフムフすればいいんだ。


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 ある個人的な、言ってみればどうでもいいような、しかし、不愉快きわまりない出来事があり、iTunesの楽曲リストを腹立ちまぎれに次から次へとスクロール・ダウンしていった。そして、森田童子に行きついた。

 クリック。怒りにまかせて、クリック。

 聴いているうちに、怒りはやわらかな布に吸い取られるように収束していった。そうか。むかっ腹が立ったときは森田童子を聴けばいいのか。またひとつ、知識は集積された。 
 森田童子の精神性、世界観をもったロックンロール、ジャズ、クラシック、R&B、HIP-HOPは登場しないものか。期待しても無駄か。森田童子を聴けばいいだけのことだしな。
 森田童子は、ぼんくら田中康夫の『なんとなく、クリスタル』に象徴されるスカタンヘッポコ1980年代の到来とともに潔く身を引いた。「森田童子がとっとと引退したのは慧眼だったな。鼻のきくやつだったからな」とつくづく思いつつ、恥ずかしげもなくなんクリ的なるものにうつつを抜かし、翻弄されつづけている「おちゃらけ浮かれポンチ」どもの無節操能天気ぶりを肴に、安酒でもかっ喰らうとするか。
『早春にて』あたりを聴きながら飲めば、苦い酒がすこしは春めいて甘くなるか。それとも、さらに苦くなるか。たらの芽の天ぷらくらいの苦みだったら大歓迎だ。いずれにしても、酒はひとり侘しく寂しく、静かに飲むべかりけり、である。いざとなったら、ひと暴れ、ふた暴れしちまえばいい。どうってことはない。
 
 
 さよなら ぼくの 友達、さよなら ぼくの 童子
 
 晩餐後、聞きたくもない訃報が届いた。またひとり、悪童仲間が逝った。早すぎる死だ。平均寿命まではまだ30年以上もある。悪童仲間で鬼籍に入るのはこれで何人目か。何年も前に数えるのはやめた。青二才の頃から不摂生不養生不道徳をかさねてきたツケがではじめているのだ。同世代の平均寿命を下げるのは、われわれ悪童一味にちがいあるまい。笑い話にもならぬ。悪童仲間どもと会うたび、最初にくたばるのはまちがいなくおれだ、おまえだと嗤いあいつつ、きょうまで生き延びてしまった。「憎まれっ子世に憚る」というのは真理の一端を突いている。 
 大昔、1980年の夏。若くして逝ったある友人の葬儀の席で、酒ぐれたすえに、「人はほっておいても死ぬ」などとコマしゃくれたことをほざいた鼻持ちならない下衆外道がいた。もちろん、ほざいた直後に踏みつぶした。初対面だったが、容赦はしなかった。21日プラス1日で検事パイ。予想していたよりも安くついた。
 人はほっておいても死ぬ── 。そのたわけ者がみずから紡ぎだした言葉であるならいざしらず、村上春樹が『風の歌を聴け』だか『1973年のピンボール』だかで書いていたことを小賢しくも剽窃し、あたかも自分の手柄のような風情、表情、仕草でほざいたのがゆるせなかった。その愚か者は吾輩よりずいぶんと年上だった。聴いているこちらが恥ずかしくなるほどよくアゴがまわった。デュポンの金張りのライターをカチャカチャと落ちつきなく鳴らす鼻持ちならない男だった。「安田砦の攻防戦」とやらについて、とくとくとして御託を並べつづけ、「全共闘」という虫酸の走る言葉を数十回も繰り返した。卑しい酒の飲み方も腹にすえかねていた。野辺送りの場で酒ぐれるやつがあるものか。
 それにしても、あのときの吾輩はなぜ葬儀の席で大立ち回りを演じるほど苛立っていたのか。時代の軽佻浮薄さに? 世間の風当たりに? 相手が大嫌いな「団塊の世代」だったから? それらもあるだろう。だがつまるところは、「青かった」「ガキだった」という地点に落ちつく。 
 森田童子との再会は、ここ数日のあいだにいろいろのことを思いださせてくれた。妙な場所を刺激されもした。封印していたことどもまでも。「永遠のガキ大将」などと悪童仲間どもに呼ばわれて、よろこびころこぶ時期はとっくに過ぎている。童子はやがて大童になり、紅顔の美少年もいつか皺だらけの爺さんとなり、やがて髑髏となる。このあたりで、森田童子とは再びさよならしておくことにしよう。「また会う日まで」「さよならをもう一度」などということは、もう、ない。あるべきでない。  
 
 さ よ な ら ぼ く の 友 達
 さ よ な ら ぼ く の 童 子


*「人はほっておいても死ぬ」とほざいた大うつけ、たわけ者は、ある地方都市でながく政治屋をやり、先頃、公職選挙法違反並びに受託収賄のかどで検挙された。卑しいやつは歳月を経ても卑しいままであるということの見本である。もって、瞑すべし。


「高校教師? 知るか! それってうめーのか? 誰も知らない、生きない、僕ってなに?」のごとくに終わる。


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