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Paperback Traveler#2 復讐は誘蛾灯のように人生に投げ込まれる

 

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 最高の復讐は誘蛾灯を投げ込むことである。 E-M-M


 ほぼ40年ぶりにカルヴィン・トムキンズの『Living Well Is the Best Revenge』を読んだ。
『Living Well Is the Best Revenge』は当時の英語の新米美人教師がアメリカ本国から取り寄せてプレゼントしてくれた。本国では5ドルもしないようなペーパーバックが、円/ドルの為替レートが現在では想像もつかない相場だったことや、デリバリーの費用やらなにやらで数千円、下手をすると1万円近くもしたのではないかと思われる。彼女にとってはかなりの出費、痛手だったろう。そうまでして英語教師が吾輩に『Living Well Is the Best Revenge』をプレゼントしたのは、吾輩と英語教師が恋仲だったからであるというお粗末である。ふざけた小僧がいたものだ。

 英語教師は慶応英文科出の才媛で美人の誉れ高く、吾輩が通う中学校の卒業生でもあった。年齢はずいぶんと離れていたが、英語教師の存在は赴任前から知っていた。
 吾輩は中学3年生だった。すでにして天涯孤独で、身長は180cm近くあり、傲岸不遜、ふてぶてしさのきわみを周囲に撒き散らしていた。知らない者がみればいっぱしの「おとなの男」だったろう。それも、一癖も二癖もあるような。
 吾輩が英語教師の部屋に入り浸る期間は数ヶ月に及んでいた。吾輩はそろそろ手仕舞いにしなければならないと考えはじめていた。意を決して英語教師に別れを告げた。予想どおり、英語教師はおぞましいほどの罵詈雑言を繰り出し、取り乱し、懇願し、そして、醜悪きわまりもない涙を流しつづけた。
 吾輩はマディソン・バッグに衣類、教科書、辞書、書籍などの最低限の荷物を詰めこみ、さっさと英語教師の部屋をあとにした。夕闇迫る晩秋の街の裏通りに英語教師の絶叫が谺していた。すさまじき風景だった。翌週、英語教師は中学校を辞めた。


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 3ヶ月後の卒業式の夜。吾輩は一人の部屋でマルシン・ハンバーグと大根と油揚げの味噌汁で晩めしを喰っていた。建てつけのひどく悪い窓枠が春の嵐の突風を受けてぎしぎしと鳴りつづけていた。耳障りなことこの上もなかった。と、なにやらただならぬ気配、殺気を感じた。同時にガラスの割れる鋭い音がした。なにかしらの塊りが憎悪、怨念のたぐいさえたたえて滑るように部屋の真中に飛んできた。あやうく直撃を受けるところだった。裸電球ひとつのオレンジ色の頼りなげな光量のもと、「憎悪と怨念の塊」を凝視した。Light Trap. 誘蛾灯だった。
 窓ガラスが砕け散ってぽっかりと口を開けている窓に目をやった。そこには春のおぼろな月あかりを受けてゆらゆらと仄明るく光る能面のような形相の英語教師の貌があった。おそろしい光景だった。そののちの警察やらなにやらが登場する一悶着、「諍いの一件」については省く。思いだしたくもない。風の便りによれば、英語教師はその後、精神を患って埴谷式癲狂院の閉鎖病棟に収容されたという。そのことについては深く思うところもあるが、機会を改めることにする。いずれ向かい合わねばならぬ大きく高く部厚く頑丈きわまりもない壁だ。憎悪と憤怒と怨念に彩られたモノリスのごとき。

 日本で『Living Well Is the Best Revenge』が翻訳/出版されたのはずいぶんとあとになってからだった。『優雅な生活が最高の復讐である』(青山南訳)だ。ヘミングウェイやフィッツジェラルドや「Lost Generation」や「Roaring Twenties」についての分析と解釈と記述が、吾輩の解釈、考えとは大きく異なり、埋めようのない隔たりを感じていたので『Living Well Is the Best Revenge』はまったく評価していなかったが、「優雅な生活が最高の復讐である」というタイトルの青山南の翻訳の見事さとポンコツ新潮社の装幀、ブックデザインの良さに強く魅かれて入手した。入手はしたが実際にはまともに読んでいない。これからも読むことはない。読むのは「優雅な生活が最高の復讐である」というタイトルだけで十分である。それだけで元が取れる。
 書棚の一隅に『Living Well Is the Best Revenge』と『優雅な生活が最高の復讐である』を隣り合わせて並べ、ときどきその態を眺める。そして、吾輩を通りすぎ、背を向け、裏切った者たちがのたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしく死んでゆく光景を思い浮かべるための縁とする。それでいい。まったくもってよろしい。できうれば、彼らの嘘くさい笑い声と笑顔と欺瞞に満ちた「偽りと虚飾の居間」と、凡庸と裏切りに満ちた閨室の寝物語に、「逢魔が辻の辻斬り浪人」によって誘蛾灯が投げ込まれればいいが。


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