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DINER'S HIGH#1

 
 
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国道16号線沿い、ドブ板通りの西側裏手。米軍横須賀基地の近くに1軒の食堂がある。DINER'S HIGH。車の窓越しに見えるDINER'S HIGHは繁盛していないことがひと目でわかるほど薄暗く、さびれていた。

36年ぶりに見るDINER'S HIGHの看板はくたびれ果てている。ペンキは剥げ落ち、錆がびっしりと浮いている。当時と変わらないのは私が酔っ払ったときにバットでぶっ叩いてできた凹みの痕跡だけだ。

最後にDINER'S HIGHのくそまずいコーヒーを飲んだのは1976年の冬。18歳だった。街のそこかしこから『ホテル・カリフォルニア』の物悲しい旋律が聴こえていた。

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「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい」と書いたのはポール・ニザンだが、18歳だっておなじだ。カネがなく、いつも腹をすかしていて、ストリート・ファイト42連敗というおまけつきだった。

その頃、私は街ですれちがう相手に誰彼かまわず喧嘩をふっかけ、そして、ことごとく敗北していた。いがぐり頭の中学生に負けたことすらある。191戦8勝。8勝のうちの6勝は21歳の柴犬の爺さんからお情けでいただいたものだ。もしも柴犬の爺さんが本気でドッグ・ファイトしていれば97パーセントくらいの確率で彼が勝っていたと思う。当時の私はそれくらい腕っ節に自信があった。

いつかファイト・クラブの王となり、WBCのヘビー・ウェイトのチャンピオンになることだって不可能ではないと思っていた。そして、記念すべき200戦目の相手は内藤のジュンちゃんことカシアス内藤だった。カシアス内藤とは横浜中華街のレッドシューズで出会って以来の因縁があって、米軍基地の正門前ですれちがいざまに右ストレートを鼻っ柱に叩きこまれた。元東洋ミドル級チャンピオンのパンチはそこそこ効いた。プレアデス星団が100個くらい出た。そして、夢をみた。「燃えつきた波止場の夢」だ。

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冷たい雨の降る神戸ポートタワーのすぐ横に遠慮がちに立つ幻の神戸タワーの第42展望台からブルック・ベントンとトニー・ジョー・ホワイトとランディ・クロフォードが肩を組んで見下ろす燃えつきた波止場の暗がりで聴く『RAINY NIGHT IN GEORGIA』のようにも、前の晩に会えなかった夢見るヨコスカ・カウ・ガールと山手のドルフィンでソーダ水の中を世界の果てに向けて航行する中国行きの貨物船に「ボン・ヴォヤージュ!」と声をかけ、視えない三浦岬を幻視しながら口ずさむ『TOWER SIDE MEMORY』のようにもせつない夢だった。

明け方の本牧埠頭D突堤ほどではないにしても、真冬の山下埠頭の夜よりもかなしくせつない。大黒埠頭と瑞穂埠頭とベイブリッジがもらい泣きしたほどだ。ベイブリッジが肩を震わせて泣いたせいで7台の日産の陸送車が橋から落下した。マイク浜の秘書の矢作俊彦は神さまのピンチヒッターと大江さまのピンチランナーをとりちがえてマイク浜に大いなる鉛の銃弾を弾倉がつきるまで撃ちこまれたうえにマイク浜の「掟」を42000回諳誦させられ、人生が暗礁に乗り上げてしまった。いまでは横浜港のしがない夢先案内人に身をやつしている。

すべては「冷たい雨の降る神戸ポートタワーのすぐ横に遠慮がちに立つ幻の神戸タワーの第42展望台からブルック・ベントンとトニー・ジョー・ホワイトとランディ・クロフォードが肩を組んで見下ろす燃えつきた波止場の暗がりで聴く『RAINY NIGHT IN GEORGIA』のようにも、前の晩に会えなかった夢見るヨコスカ・カウ・ガールと山手のドルフィンでソーダ水の中を世界の果てに向けて航行する中国行きの貨物船に ”ボン・ヴォヤージュ!”と声をかけ、視えない三浦岬を幻視しながら口ずさむ『TOWER SIDE MEMORY』のようにもせつない夢」、YOKOSUKA DREAMIN'のせいだ。

夢というのは本当におそろしい。たいていの夢はこどもの頃に砕け散っているものだが、中にはしぶとく生き延びてとんでもない幸運をつかんだりもする。たとえばこの私のように。そして私を夢物語のような夢の日々に導いてくれたのがカシアス内藤の右ストレート・パンチによってもたらされたYOKOSUKA DREAMIN'だ。

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荘厳な儀式にでものぞむような気分で私はDINER'S HIGHのステンレス・スティールの扉を押した。押したが扉は開かない。そうか。押すんじゃない。DINER'S HIGHの扉は引くのだ。引く。開かない。あれ? どうしちゃったんだ? 押してもダメ。引いてもダメ。そういうときは蹴飛ばせばいいと開高健先生に教わったじゃないか。

蹴飛ばす。ワールドカップの決勝戦の延長戦後のPKを蹴るような浮動小数点の決意で。DINER'S HIGHの扉はアダムス・ファミリーの城の門のような音を立てて開いた。

「来やがったな。蚊とんぼ坊や。36年と42日17時間42分54秒ぶりじゃねえか」とダイナ爺さんは言った。おそろしい記憶力だが、正確には36年と42日17時間42分42秒ぶりだ。ダイナ爺さんはときどき肝心なところでまちがいを犯す。しかし、その分を差し引いても、この冬で96歳になるDINER'S HIGHのマスター、ダイナ爺さんの記憶力と威勢だけはたいしたものだ。住宅ローンを払い終えて御満悦、したり顔の爺さん婆さんよりはよほど世界を愉快にしている。

世の中のたいていの爺さん婆さんは不愉快なうえに傲岸不遜で口が臭い。センスがない。向上心がない。彼らのおかげで世界は21パーセントくらいつまらなくなっている。困ったものだ。

「くそまずいコーヒーにするか? それとも大下痢をもたらすくその役にも立たないホット・アボカド・サンドウィッチか?」
「その両方だ」
「ちょいと会わないあいだにずいぶんと羽振りがよくなったじゃねえか。え? 蚊とんぼのあんちゃん」
「いつまでも下っ端の兵士ではないさ。いまは上等兵だ」
「たいしてかわりはねえがな。一兵卒も上等兵も。まあ、これはおれからのお祝いだ。蚊とんぼ上等兵殿」

そう言って、ダイナ爺さんは3分の1くらいウィスキーの残ったグレンリベット1972年のボトルを私の前に滑らせた。

「お祝い? なにの?」
「これからあんたがみる夢のだ。正確には夢をみつづけて、ついには夢が現実になることへの前祝いだ」
「わけがわからないな」
「ふん。いまにわかる。いまにな」

ダイナ爺さんはほくそ笑みながら言い、調理場に向かった。ソニーの古いポータブル・ラジオから聴こえていたFENのDJの能天気なおしゃべりが終わり、ドゥービー・ブラザーズの『Long Train Runnin'』がかかった。YOKOSUKA DREAMIN'本編の始まりだった。

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