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魂に楔を打ち込みたいときに聴く音楽#1

 
 
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戦いの前、魂に楔を打ち込み、闘争心をかきたてたいときに聴いてきた音楽がある。ボブ・ディランであり、ワグナーであり、ステッペンウルフであり、マーラであり、マイルス・デイヴィスであり、チャーリー・パーカーであり、ソニー・ロリンズだ。

泡の時代の最初期。ある大きな仕事を獲得するためのプレゼンテーションの日。相手は名だたる画商。競合していたのは電通、博報堂をはじめとする大手広告代理店、日本デザインセンターやライト・パブリシティ。30歳そこそこの若造小僧っ子が彼らとまともに戦って勝てる道理はない。吾輩はこどもの頃から温めていた「物語」を企画書、プレゼンテーション資料に取り入れた。徹夜仕事が何日もつづいた。顔は殺げ、眼はぎらつき、神経はぴりぴりと張りつめ、研ぎ澄まされていった。乾坤一擲の大勝負だった。

大勝負の朝。なぜか心は静かで穏やかだった。やるべきこと、やれることはすべてやった。あの時点におけるベストだった。心残りは微塵もなかった。プレゼンテーションの結果などもはやどうでもいいとすら思った。

カラヤン指揮ベルリン・フィルでマーラの交響曲5番第4楽章を繰り返し聴いた。静かで穏やかで美しい旋律にもかかわらず、激しく強い闘志が沸き上がってきた。不安げなスタッフを残し、大部のプレゼンテーション資料を携えてプレゼンテーション会場であるアークヒルズの全日空ホテル(当時)に向かった。

競合する者たちのプレゼンテーションはどれもこれも新味と創造性に欠けるものばかりだった。勝てると思った。吾輩がマルチ画面のプロジェクターをセットし、室内の照明を落として吾輩の「物語」を始めると、それまでふんぞり返っていた画商が身を乗り出した。

「物語」の最後を締めくくる映像はパリ。そして、流れる曲はカラヤン指揮ベルリン・フィルによるマーラの『交響曲5番第4楽章 アダージェット』。画商の目に涙が浮かぶのを吾輩は見逃さなかった。吾輩のプレゼンテーションが終わると会場から拍手が起こった。電通や博報堂の人々までもがとてもいい表情で拍手していた。とりわけて大きく力強くいつまでも拍手していたのは当の画商だった。勝ったと思った。

後日、やり手の画商から直接電話があった。画商はドスのきいた声で簡潔に言った。

「あんたに頼む。いい仕事をしてくれ」

勝った。動くカネの大きさもさることながら、既存、守旧派に勝利したことがうれしかった。電話を切り、一人の部屋で声をあげて泣いた。涙はあとからあとからいくらでも出た。その夜は一人で馴染みのバーに行き、カウンター席の片隅で一人祝杯をあげ、心の中で『アダージェット』を口ずさみながら勝利の美酒に酔った。以後、今日に至るまで、あれほどうまい酒は飲んでいない。


グスタフ・マーラ『交響曲第五番第四楽章 アダージェット』
Gustav Mahler - Adagietto (Sehr langsam) from Symphony No. 5 in C Sharp Minor


Bruno Walter - Wiener Philharmoniker
David Zinman - Zurich Tonhalle Orchestra
Zubin Mehta - Israel Philharmonic Orchestra
Lorin Maazel - New York Philharmonic Orchestra
Václav Neumann - Czech Philharmonic Orchestra
Sir Georg Solti - The Chicago Symphony Orchestra
Leonard Bernstein - Vienna Philharmonic Orchestra
Herbert Von Karajan; Berlin Philharmonic Orchestra
Rafael Kubelik - Bavarian Radio Symphony Orchestra
Daniel Barenboim - The Chicago Symphony Orchestra
Gary Bertini - The WDR Sinfonieorchester Köln
Bernard Haitink - Royal Concertgebouw Orchestra

Gustav Mahler - Adagietto (Sehr langsam) from Symphony No. 5 in C Sharp Minor




     
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