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おスピちゃん#3

 

Aura_Soma1000PX.jpg
 

 逗子の海の小さな入り江に面した古いレストランのテラス席で昼めしを食べているときのことだ。

 みえない世界がみえるのよ。    とても良心的で誠実で手抜きのいっさいない「良妻のスープ」を食べ終え、アボカドとトマトとバジルのパンサラダに取りかかったとき、隣りのテーブルからヒステリックにうわずった女の声が聴こえてきた。フォークを静かに置き、気取られないように注意深く声のしたほうを見た。
 声の主は40代半ばの女だった。テーブルにはその女のほかに5人の女たちがいた。年代はばらばら。高校を卒業して間もないと思われるような少女。どう贔屓目に見ても70歳を過ぎているような老婦人。髪を無造作にひっつめた30歳くらいの女。いかにも生活疲れしていることが見てとれる50代半ばの太り気味の女。貪欲なカマキリのような眼をした20代後半の女。
 波の音が邪魔をして、ときどき、彼女たちの声をところどころ掻き消したが、それでも会話の内容は十分に理解できる。

 ドリーン・バーチュ 、ゲリー・ボーネル、バシャール、ヒーリング、ヒーラー、オーラソーマ、あなたは特別、あなただけに、アセンション、次元上昇、5次元の地球、ライトボディー、半霊化した肉体、弥勒の世、菜食、縄文に帰る、前世、過去生、プレアデス、シリウス、オリオン、ポールシフト、フォトンベルト、波動、聖地、パワースポット、瞑想、チャネリング、天之御中主神、天照大神、天使、精霊、女神、光と闇、波動、13の月、マヤ暦、クリスタル、チャクラ、イルミナティー、オーラ、UFO、結界、ソウルメイト、ソウルグループ、シャスタ山、和の舞

 これらの言葉が次から次へとみえない世界がみえる女の口から澱みなく出てきた。不意に、「みえない世界がみえる女はじきになにかを売りつけるぞ」と思った。

 みえない世界がみえる女が彼女たちのリーダーであることはすぐにわかった。ほかの女たちは神の言葉を待つような表情で女に視線を集中させていたからだ。みえない世界がみえる女以外の者はひと言も口をきかなかった。
みえない世界がみえるのよ。あなたもでしょう?」
 みえない世界がみえる女に同意を求められたのは線の細い、悲しげな眼をした少女だった。
「みえます。はっきりと」
 少女は少し間を置いてから、よく通る声で答えた。少女の答えを皮切りに、結局、全員がみえない世界がみえる女になった。「ただの同調圧力じゃないか」と思ったが、彼女たちは真剣だった。
 再びアボカドとトマトとバジルのパンサラダに取りかかった。アボカドとパンをフォークに一緒に刺して口に運ぼうとしたとき、リーダーとおぼしきみえない世界がみえる女が濃いブルーのエルメスのバーキンからコバルト・ブルーの箱を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。再び、フォークをテーブルに置いた。
 みえない世界がみえる女1号は神殿で行われる聖なる儀式にでも臨むような芝居がかかった表情と仕草で箱の蓋をあけ、中から淡いピンクのアルシュ・ペーパーの包みを取り出した。そして、ゆっくりと「御神体」でも扱うように注意深く包みを開いた。中身は水晶のネックレスだった。それもきわめて質の悪い水晶。中国製であることが一目でわかるほどの粗悪品だ。水晶自体の真贋、優劣を判別するのは経験と見識と高度な鑑定眼を必要とするが、台座やチェンの加工、細工の善し悪し、高低についてはそれほど難しいものではない。みえない世界がみえる女1号のネックレスはあきらかに噴飯ものの粗悪劣悪品だ。

 みえない世界がみえる女1号はもっともらしい講釈を始めた。やっぱり。予想していたとおりだ。
「これでさらに上の次元に行けるのよ」
 みえない世界がみえる女1号は神のお告げのように言った。
「おいくら?」
 口火を切ったのは老婦人だった。
「80万円ですよ。ちょっとお高いようだけど、由緒来歴がちがいますからね。そんじょそこらのクリスタルとは」
 そんじょそこら? そのひと言でみえない世界がみえる女1号の素性のあらかたが透けて見えた。私こそがみえない世界がみえる者だ。
 驚くべきことに、あるいは当然、女たちは我先にと水晶のネックレスを手にし、みえない世界がみえる女1号から手渡された「契約書」に書き込みはじめた。彼女らに「中国製の粗悪な水晶」「霊感商法」「クーリングオフ」のことを言っても聞く耳を持たないだろう。もはや、手遅れだ。行くところまで行って、つまりは、堕ちるところまで堕ち、家族を失い、信頼を失い、地獄を見てくるがいい。地獄の釜の蓋の色や亡者どもの肌の色をじかに見てくるがいい。自分で選んだ道だ。だれを恨んだところで、すべては筋違いというものだ。
 一番年下の線の細い、悲しげな眼をした少女は不安そうな眼でちらとこちらを見た。彼女がのちのおスピちゃんだ。




     
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