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πな気分で物静かに退場しろ!

 

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 大仰御大層大袈裟大上段な「引退宣言」から42日、また気色胸糞の悪いのが戻ってきやがった。雌伏隠遁の42日だって? 42年じゃなくて? 4.2年でもなくて? 「もう疲れました」「自分らしくあるために休養に専念します」の言は撤回か? そして、復帰(復帰だってえ?!)の第一声が「42日間、待っていてくれてありがとう」ときたもんだ。
「ありがとう」「感謝感激雨あられ」の類いを大量生産大量消費しまくるこの御仁、信じがたいことに還暦間近のいいおとなだ。還暦間近のいいおとなが自分のことを名前(苗字ではなく)で呼ぶ。長期凋落傾向(「長期凋落傾向」もなにも、鼻からエーベックソ/オリコンのタッグによるインチキマヤカシの「数字」にすぎないのだが。だよな? 京急上大岡駅前で青っ洟垂らしていたZ日のマツーラ小僧)からすでに「あのひとは今」となりつつあるポンコツ歌姫様の浜崎あゆみが「あゆはあ~」と自分のことを言うように。これってどうよ? どうなのよ? 本人は至って大まじめではあるのだが。
 一大イベントの復帰を果たし、拍手喝采の中、花道をスポットライト浴びて御登場あそばしたつもりでもあるのか? 消えて清々していられた日々も終っちまった。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタンの気色悪さ胸糞悪さは自身の不遇を常に派手派手しくぶら下げて、その大仰御大層大袈裟大上段にふりかぶったまやかしのインチキ看板を他者に見せつけ、見るように強要強制するところにこそある。その言説は100パーセント自身の「不遇」「悲運」「困難」に関するものである。なぜ「不遇」「悲運」「困難」にしか言及しない? めしは喰っていないのか? 風は吹いていないのか? 花が咲き、実を結ぶことはないのか? 政治経済事件等々について思うこと感じることはないのか? リアリティのかけらもない「不遇」「悲運」「困難」にかかわる自己言及の言説などにはいささかの価値もないとは思わないのか? 大所高所から語っているつもりだろうがこのポンコツボンクラヘッポコスカタンの言説にはまったく迫真、切実、生活実感がない。詩だって? 世間知らずの甘ちゃんのたわ言の垂れ流しにすぎまい。AK-69の「One Way, One Mic, One Life, Let's Go!」の1行にすら値しない空虚空疎さだ。
 そして、決定的なのは自身をグリップすることすらできておらず、グリップしようともせず、自身の困難、不遇、悲運を乗り越えられず、乗り越えようともせず、突破口を探さず、探そうともしていないにもかかわらず、他者に対して大仰御大層大袈裟大上段にかまえた「御託」「能書き」「訓戒」を垂れる太々しさ、鈍感さだ。自身の頭のまわりを飛びまわる五月蝿い蠅さえ叩き落とせずに他者の腹の虫の具合についてああでもないこうでもないと御託能書きを並べることを「厚顔無恥」というのである。
 このポンコツボンクラヘッポコスカタン、頻繁に「出会いは宝だ」と宣う。ではその「出会い」はどのような出会いだったのか、出会った相手はいかなる人物だったのか、出会いののちにどのようなことがあり、いかなる言葉を交わし、なにを感じたのかについては一切触れない。「出会いは宝」の一点張り。すべては抽象と独りよがりに終始する。このことはあらゆることについて同じである。不遇、悲運、困難、困憊について語るときもだ。
 不遇、悲運、困難、困憊なら、質と量において、このポンコツボンクラヘッポコスカタンの数十倍数百倍を味わっている者は山のようにいるし、彼らはそれでいながら黙して語らず、日々をのたうちまわりながら生きている。いちいち「ありがとう」「うれしい」「たのしい」「しあわせ」なんぞという甘っちょろさと思惑と手垢にまみれ、腑抜けた空疎な言説を宣わったりもせず、故障した日本語で飾り立てたり、珍妙きわまりもない味つけをしたりせずにだ。
 朝から晩まで「イイネ!」を押す暇があるなら、みずからの不遇困難困憊を乗り越え、突破するための「行為」「行動」にこそ専念すべきだろう。たとえ、100パーセントの不可能を突きつけられた不遇、困難、悲運であってもだ。他者の善意、泣きどころ、弱みにつけ入るなどは言語道断、グロテスクな認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」を何百人、何千人増やそうがえられるものなどありはしない。肝心要は自身が一人炎の中心に立って尻込みせぬ覚悟を持っているか、腹を括っているかだけである。その余のことはすべて些事瑣末事にすぎない。
 ところがどっこい、このポンコツボンクラヘッポコスカタンときた日には、醜悪きわまりもない認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」どもをこれでもかというくらいに取り込んで悦に入っているばかりか、みずからの不遇、困難、悲運に対してさえ「ありがとう」「うれしい」「感謝」ときたもんだ。もっとも、そこにはひとかけらのリアリティも切実さも生活実感もないのは無論である。
 おまえは神か? ホトケか? 小仏峠の番人将又追い剥ぎ、山賊か? 山賊なら山賊で押しつけがましくするのではなく剥ぎ取りがましくやりやがれ!
 群青烈日居士、野村秋介先生の「言多きは退くなり」という至言をこのポンコツボンクラヘッポコスカタンは百万遍も二百万遍も口にするがよかろう。さすれば、退屈でつまらぬことしか言えぬ「減らず口」も少しは沈黙の重みを持てるかもしれぬ。

 もうじき赤いちゃんちゃんこを着る魔法使いのお婆さん、ひと皮剥けば強欲悪食の狼だってことはとっくのとうにお見通しだぜ。おわかり? それとも、おかわり? 激烈強烈無類のトラウマになるすさまじいやつを。




     
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