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夏への階梯#6 昼の12時19分03秒になると停まるバセロン・コンスタンチンのクロノグラフがかかえる厄介事

 

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 手に入れてまだ1年も経っていないバセロン・コンスタンチンのクロノグラフが春頃から昼の「12時19分03秒」を指すと決まって動きを停めるようになった。メンテナンスに出したが、馴染みのキャビノチェはしきりに首を傾げながら言った。
「原因がわかりません。すべて分解して、発条もバトンも歯車も雁木車も滑車も一個一個チェックして、必要な部分には?の木で磨きをかけて、丁寧に細心の注意を払って注油しても症状は改善されません。こんなケースは40年の時計師人生でも初めてです。今後、どのように手をつくしても原因を突き止めることはできないというのが私の結論です。よろしければ動作確認済みの同じモデルと交換するようにコンシュマー担当に進言いたしますが」
 私はキャビノチェの申し出を丁寧に断った。昼と夜の両方で「12時19分03秒」に停まるというなら現象の原因を突き止められる可能性はわずかながらも残されているが、昼だけというのがいかにも不審である。それはキャビノチェも同意見だった。不審は必ず暴かれ、白日の下にさらされなければならない。

 昼の12時19分03秒。思い当たる出来事はある。あれは1985年9月1日、日曜日の真っ昼間、12時19分03秒のことだ。友人の一人でもあったプロサーファーのヨシノ・コージが七里ガ浜駐車場レフト・サイドで何者かに刺殺されたのだ。その日は「七里ガ浜チャレンジ・カップ」という波乗りのコンペティションが行われていて、七里ガ浜駐車場は波乗り野郎どもとサーファーもどきどもと陸サーファーどもと彼らのステディを自認する脳味噌のしわの少なそうな女どもでごった返していた。夏休み後初めての休日とあって一般客も大勢七里ガ浜駐車場に来ていた。ヨシノ・コージはそんな衆人環視同然の状況の中で殺された。おそらく、犯人は息を殺してヨシノ・コージの背後に忍び寄り、ヨシノ・コージを刺し殺したのだ。ひと刺しで。ヨシノ・コージのやわらかで健康そのものの肝臓を。素人の仕事ではなかった。捜査官たちの見立てもおなじだった。

 ヨシノ・コージは「和製ジェリー・ロペス」と称され、サーフィン情報誌のみならず、多くのメディアが取り上げるほどの人気ぶりだった。哀愁を帯びた面差しはその出生にまつわる困難ともあいまって多くの女どもの心をとらえていた。
 ヨシノ・コージは米軍海兵隊の中尉と日本人娼婦を両親に持つ美容師の母親と稲川会横須賀一家の2次団体の総長である父親とのあいだに生まれた。私と同い年だった。

 有名人気プロサーファーの死とあって、事件は捜査本部事件となった。すぐさま、「七里ガ浜駐車場におけるプロサーファー刺殺事件捜査本部」が鎌倉駅前の鎌倉警察署に設けられた。

 コンペティション当日。優勝候補筆頭であるヨシノ・コージのフリースタイル部門ファスト・セットの出番は最後だった。それまでべた凪だった海面がにわかに盛り上がり、風はオフショアに変わった。30フィートはありそうな美しい波が沖からものすごいスピードで迫ってくる。七里ガ浜駐車場にいるだれもが驚き、わが目を疑っている。当然だ。30フィート・オーバーの波などそうそうお目にかかれるものではない。それも日本で。湘南で。七里ガ浜で。しかも、日本最高峰の競技会で。
 ヨシノ・コージは独特のグーフィー・スタイルで大波を完全にコントロールしていた。そして、トップからボトムに向かって一気に滑り降りた。さらに、華麗にボトム・ターンし、再びトップへと駆け上がる。それを何度も繰り返した。波涛をはるかに超えて宙空で宙返りする離れ業はヨシノ・コージのもっとも得意とするものだ。セカンド・セットを待たずに、勝者がヨシノ・コージであることは誰の目にもあきらかだった。冷酷非情な殺人者一人を除いて。「七里ガ浜チャレンジ・カップ」は即時、中止され、無期限延期となった。

 結局、ヨシノ・コージ殺人事件は重要参考人が何人か浮上したのみで迷宮入り、公訴時効が成立した。公訴時効は成立したが、私の時効の針は停まったままだ。1985年9月1日日曜日の午後12時19分03秒で。
 針は動きはじめた。犯人、殺人者はわかった。殺人者の背後にいる者たちも。のうのうと生き延びていることも判明した。鬼の庭の公判維持に必要な証拠は出そろい、万全の体制で公訴提起。判決は7月26日に下す。冒頭陳述も証人訊問も情状酌量減刑もない。あるのは判決と刑の執行のみだ。弁護人も傍聴人もいない。いるのは鬼の庭の被告人席に立つ殺人者とその背後にいて胸くその悪くなる笑いを浮かべつづけてきた下衆外道どもと、そして、大審問官でありプロスキューターである私のみ。判決即刑の執行。上訴不可。判決書に添付される署名入りの執行命令書は入手済みである。署名したのは私だ。

 七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと60日と2時間42分

 残っていた「12時19分03秒」の問題はそのときすべて解決される。「Q. E. D./Quod Erat Faciendum」の宣言はもうすぐだ。


Quod_Erat_Demonstrandum1000PX.jpg





     
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