FC2ブログ

Entries

夏への階梯#5 『2000トンの雨』に濡れても

 

Plays_Standards_Misty-Jake_Concepcion1000PX.jpg


King of Sax. ジェイク・コンセプションが好きだった。もうずっと昔のことだ。音色やインプロヴィゼーション・スタイルも好きだったが、なんと言っても「ジェイク・コンセプション Jake Concepcion」という名前に魅かれた。概念。理解。考え。構想。着想。案。意図。計画。思いつくこと。妊娠。受精。受胎。そして、胎児。コンセプション CONCEPTIONには色々な意味がある。

ジェイク・コンセプションの『Jake Concepcion Plays Standards Misty』を初めて聴いたのは鎌倉七里ガ浜の『珊瑚礁』の山店だった。そのころ、海店はまだ営業しておらず、オーナーのアロハ髭でぶおやじことファンキー牛乳屋も生きていた。
アロハ髭でぶおやじはなにくれとなくよくしてくれた。ただで飲み食いさせてくれるのは無論のこと、そのほかにも20代前半の若造小僧っ子には解決困難な問題についていくつもの道筋を指し示してくれた。アロハ髭でぶおやじが死んでもう何年にもなるが、アロハ髭でぶおやじが死んで以降の湘南、とりわけて七里ガ浜からは「志」あるいは「真の意味の明るさと陽気さ」が失われた。湘南も七里ガ浜ももはや私のための湘南、私のための七里ガ浜ではない。田舎者どもがオサレなランチやら豪華豪勢ステキステキなディナーやらを喰い、駄菓子を頬張りながらほっつき歩く観光地になってしまった。まあ、それでいい。アロハ髭でぶおやじのいない湘南にも七里ガ浜にも未練などこれっぽっちもない。このままくだらぬ観光地としてせいぜいゼニ儲けに精を出すがいい。湘南、七里ガ浜のなにがどうなろうと、いまや私の知ったことではない。背を向け、顔を背けるだけのことだ。

「これ、いいから聴いてみろ。いま店にかかっているのがそうだ」と言ってアロハ髭でぶおやじはテーブルの上に1枚のLPレコードのジャケットを無造作に放り投げた。ジェイク・コンセプションの『Jake Concepcion Plays Standards Misty』だった。アロハ髭でぶおやじの音楽センスには一目置いていたので、夢中でライナーノートを読んだ。「Jake Concepcion」という名前が目を引いた。メインが『Misty』というのもよかったし、『Aa Time Goes By』『Over The Rainbow』『Fly Me To The Moon』をはじめとしてスタンダードの名曲が目白押しだった。
その日、アロハ髭でぶおやじは一日中『Jake Concepcion Plays Standards Misty』を繰り返しかけつづけた。私は「午後の最後の芝生」をいかに燃やすか、ハルキンボ・ムラカーミにどうやって回復不能な一撃を喰らわすか、森の漫才師サルーのガラクタ同然の知性教養にいかに鞭をくれてやるかを考えながら、ビーフサラダを食い、海老みそカレーを喰い、ピッチャーサイズのビールを飲みつづけた。一日中、『珊瑚礁』に居座った。1980年代後半において七里ガ浜『珊瑚礁』でそのような過ごし方をするのはすでにして伝説あるいは神話とも言いうるレベルの尋常ならざる事態であったようにも思える。どいつもこいつもやに下がり、自分を失い、大事ななにものかを見失い、世界を失い、心を失い、ただなんとなくクリスタルなふやけた日々を生きていた。それは現在に至るもなにひとつ変わっていない。それどころか、輪をかけて悪くなっている。恥知らずと鈍感さが加わり、さらに悪化した。しかも、質が悪いときている。昔なら街に一人か二人しかいなかった阿婆擦れ、性悪女が徒党を組み、大挙し、大手を振り、肩で風を切って歩いている。野郎どもときた日には一様に腑抜けていて、ポンコツボンクラヘッポコスカタン編集者が仕掛けた上げ底たっぷりの「ちょいワル(ちょい不良)」などという三下奴以下の無様さを得意げにさらし、鼻高々、いい気になっている始末だ。ふざけやがって。恥を知れ、恥を。たいがいにしておきやがれてんだ。
もうどうしようもない。湘南、七里ガ浜だけでなく、国中がやに下がり、自分を失い、世界を失い、心を失い、恥を知らず、背筋が寒くなるような鈍感さがあふれ返る事態になってしまった。だが、だれが悪いのでもない。だれのせいでもない。元々、そうなる運命だったのだ。

4年後の1989年、私はきな臭い煙りのたなびくマニラのスモーキー・マウンテンの麓の掘建て小屋のバーでジェイク・コンセプション本人に名前の由来についてたずねた。ジェイク・コンセプションはやさしくて静かな笑みを浮かべながら言った。
「すべては神の思し召しだ。そんなことより、酒を飲もうぜ。そして、もっともっと音楽を聴こうぜ。次はおれのおごりだ」
バーテンダーとしても一流のジェイク・コンセプションは見事な手つきでわれわれのグラスに氷を入れ、メイカーズ・マークを注ぎ、「完璧な3フィンガーのオン・ザ・ロックス」を作った。私とジェイク・コンセプションはしたたかに酔いしれ、おしゃべりをし、音楽を聴いた。激しい雨音のせいで会話が成立しなくなったのを潮に私とジェイク・コンセプションは別れを告げ合った。

バーを出るとスモーキー・マウンテンは激しい雨をうけてドブネズミ色に煙っていた。一筋の煙りさえのぼっていなかった。
「どうする?」
かたわらのジェイク・コンセプションにたずねた。
「濡れて帰ろう。どうせ人生も土砂降りだ」
「そうだね。人生も、そして世界も土砂降りだ。Hard Rainy Night in The Worldだ」
「ディランの『HARD RAIN』は好きじゃないがね」
「おれもさ」
私とジェイク・コンセプションはそれぞれが帰るべきそれぞれの方向に別れて歩きだした。2000トンの雨に濡れてもなにも考えられない自分がいた。なにも考えたくなかった。2000トンの雨はさらに強さを増してスモーキー・マウンテンのジャンクな山肌を削っていた。指のあいだを伝って落ちる雨粒が心を削っているようにも思えた。いくら待っても、道の向うに聳え立つスモーキー・マウンテンが空に届くことはあるまい。思いを伝え、届ける術はすべて失われた。もはや、取りもどすことも新しく作ることもできない。そのようにして人生の日々はすぎゆき、いつか世界は終りを告げる。2000トンの雨の雨音に耳を澄まし、2000トンの雨の雨粒に打たれ、2000トンの雨に濡れても。やがて2000トンの雨があがり、虹がかかっても。


Plays_Standards_Misty-Jake_Concepcion1000PX1.jpg


七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと60日と8時間42分

やはり、残る問題は「12時19分03秒」だ。


WATCH_VACHERON-CONSTANTIN1000PX42.jpg





     
    関連記事
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
    http://diogenezdogz.blog.fc2.com/tb.php/421-40de4f23

    トラックバック

    コメント

    コメントの投稿

    コメントの投稿
    管理者にだけ表示を許可する

    Appendix

    プロフィール

    自由放埒軒

    Author:自由放埒軒
    Festina Lente.
    No Pain, No Gain.
    Fluctuat nec Mergitur.
    R U Still Down Gun 4?
    玄妙の言葉求めて櫻花
    薄紅匂う道をこそゆけ

    最新トラックバック

    カテゴリ

    Festina Lente.

    R U Still Down Gun 4?

    カレンダー

    10 | 2019/11 | 12
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30

    アクセスランキング

    [ジャンルランキング]
    小説・文学
    778位
    アクセスランキングを見る>>

    [サブジャンルランキング]
    オリジナル小説
    121位
    アクセスランキングを見る>>

    QRコード

    QR

    樽犬の子守唄

    Didie Merah
    Blessing of the Light

    樽犬が全速力で探します。