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ジュークの春#8 『George’s』のジュークボックスの103番のボタン

 

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 朝起きて窓をあけ、小鳥のさえずりが聴こえるとミニー・リパートンのことを思いだす時期が2度あった。1度目は『LOVIN' YOU』がヒットした1974年。肉体言語闘争、ストリート・ファイトに明け暮れていた。荒くれ者のくせに妙にナイーヴなガキだったといまにして思う。2度目はミニー・リパートンが乳癌を患って死んだ1979年の夏から冬にかけて。あれはこたえた。スキーター・デイヴィスの死を知ったときも腹にきたが、すぐに立ち直った。だが、ミニー・リパートンが31歳で死んだことを知ったときの衝撃は強く、深く、長引いた。
 夏と秋と冬。みっつの季節をやりすごさねばならぬほどミニー・リパートンの死はこたえた。当時は嵐のような裏切りと諍いとによって、きわめて不安定な日々を送っていたことが影響しているのだろうが、それらの「諸般の事情」を差し引いても、吾輩が彼女の死を重く深く受けとめていたのはまちがいない。では、いまはもう大丈夫なのかといえば、それはいくつもの山やら谷やら砂漠やら沼地やら湿地帯やら悪い風向きの風やら数えきれないほどの季節やらをくぐりぬけてきたことによる「経験」と「知恵」によって、おのが精神を制御しているにすぎない。酒など飲み、なにがしかのきっかけがあれば、いつでも当時とかわらぬ激情のごときものがよみがえるにちがいない。いまのところはないというだけの話だ。


LOVING_YOU1000PX0.jpg


 あの19歳の春。けっきょく、『George’s』には朝の5時、閉店までいた。9時間もいた勘定だ。
 あの春の夜、吾輩は『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを合計27回押した。103番のボタンを押すとかならずミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』がかかるのだ。ミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』を27回聴くあいだに、吾輩はたったひとつのことを考えていた。

 しょせん、みんなここの囚人なんだ。好きなときにチェック・アウトできるが、決して立ち去ることはできない。

「ミニー・リパートンはハーフ・フルな人生を生きた。彼女のグラスは、半分からっぽ(ハーフ・エンプティー)ではなく、いつも半分いっぱい(ハーフ・フル)だった」と言った人物がいた。
 ハーフ・フル、半分いっぱい。とてもよく彼女を言い表している言葉だ。彼女のグラスが「いつも半分いっぱい」だったのは誰かのためにいつも半分をシェアしていたからでもあろうか。
 溶けだしたアイスクリームが手を汚してもミニー・リパートンは満面の笑みを浮かべている。『LOVIN' YOU』のドーナツ盤の写真を見ると、せつなくなるけれども、元気にもなる。性的なもの(「性的なもの」だあ!? はっきり「チンコとザーメン」と言いやがれ! 腐れ湯川ばばあ!)を連想させると物議をかもしたことが馬鹿馬鹿しくも、なつかしく思いだされる。
 きょうまでに六本木にあるSOUL BAR、『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを424回押した。424回目の103番のボタンを押し、何千回目かの『LOVIN' YOU』を聴いてから、吾輩は『George’s』を卒業した。以来、『George’s』には行っていない。
 ミニー リパートンは1947年生まれだから、生きていれば還暦をとうに過ぎて66歳か。それを思うとちょっとだけうれしくもなる。だが、やはり、吾輩もそろそろ引退の潮時だな。引退前に『George’s』でマーヴィン・ゲイとオーティス・レディングとミニー・リパートンを肴に、いまやおっさん街道まっしぐらのストリート・ファイター時代の悪ガキ仲間どもと与太話でもするか。ついでに青っ洟たらした行儀の悪い小僧っこ相手にストリート・ファイト、肉体言語闘争も。たまになら、同窓会もストリート・ファイトも肉体言語闘争も悪くはあるまい。

 あの19歳の春は神話世界の出来事のようにさえ思える。なにもかもが遠くかすみ、深い沈黙の闇に沈んで、もはやなにも語ろうとはしない。あの19歳の春の物語に登場する人々のほとんどは鬼籍に名を連ね、その面影は日々うすれゆく。そのことを押しとどめられる者は世界中のどこを探してもいない。
 それにしても、「ジュークの春」は遠くなったものだ。指先には27回押した『George’s』のジュークボックスの103番のボタンの感触がかすかに残っている。その感触の正体を確かめたくて指先をみるけれども、痕跡らしきものはなにも残っていない。当然だ。きょうまでの数えきれないほどの春やら夏やら秋やら冬やらの季節が吾輩を通りすぎてゆくあいだになにもかもがすり減り、変わり、失われたのだ。あの19歳の春の日々も。『George’s』の急階段も『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを27回押した感触も痕跡も思いも。「ジュークの春」はミニー・リパートンの5オクターヴ半の天使のささやきほども高く、遠く、そしてちょっとだけせつなくかなしくなつかしい   

 緑とオレンジのストライプの布団。
 水曜の午後の10分足らずの入浴。
 親指と人差し指と中指の3本でつまむ熱いアルマイトの食器。

「便水出し止め願います」
「便水出しっぱなし願います」
「朝パン、昼自弁、夜官弁」

 ラララララ ラララララ ドゥドゥドゥムドゥ マイヤマイヤマイヤマイヤ…

 We will live each day in the springtime.
 Cause lovin' you has made my life so beautiful…


 忘れかけていた19歳の鉄格子の中の春と青春とアオハルと『George’s』のジュークボックスの103番のボタンのことがせつなくもおぼろによみがえる春の宵である。

 Lovin' You - Minnie Riperton


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