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異形ベイビーと異形ベイビーについて空疎に語る善良を偽装した醜悪なる魂

 
 
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大江健三郎の脳ヘルニアをめぐる物語をきっかけに「畸形」について集中的に情報を収集したのは1971年、中学1年の夏だった。前の年の秋の終りには「近代の畸形」とも言いうる三島由紀夫が異死を遂げていた。

吾輩は烈しい強度で傾倒していた三島由紀夫の中に「尋常ならざるもの」「異形」を読み取っていたので、「畸形」に魅入られることはある意味では当然の成り行きだった。「畸形」について学んでいく過程で「無脳症」なる病理学的所見があることを知った。

夏休みの図書館の閑散とした午後。図録の写真のホルマリン漬けされた「無脳症」の異形ベイビーは緑がかったビーカーの中で歪むほどきつく目を瞑り、世界を握りつぶそうとでもするようにかたく拳を握りしめていた。

異形ベイビーの写真の下には、「無脳症」の異形ベイビーはある妊婦が広島に投下された原子爆弾によって撒き散らされた放射性物質が発する放射線を被曝したことによって「無脳児」となった旨の医師のわずか1行の所見が記されていた。

たった1行で語られる異形ベイビーのなしくずしの「生」と「死」にまつわる物語。吾輩は「無脳症」の異形ベイビーの写真をまばたきもせずに見つづけた。吾輩をとらえて離さない強烈な事態とは裏腹に、図書館は無関心そのものをまといながら静まり返っていた。

「なにか言えよ」と吾輩は異形ベイビーに言った。異形ベイビーは深い沈黙の中でたったひとつのことを吾輩に突きつけていた。

おまえもおれとおなじ異形ベイビーだ。

1年後、吾輩は『深き淵の底よりわれは叫びぬ』という「無脳症」の異形ベイビーを通底和音とし、若き父親となる中学生を主人公に、その絶望と混乱と憎悪と葛藤と快楽の日々を主題部とする実存小説を書き、群像新人賞に応募した。最終選考に残ったが賞は逸した。

のちに『群像』の編集長となる天野という女性編集者から丁寧で心のこもった激励の手紙をもらった。「一度、編集部に遊びに来てください」という誘い水を真に受けて横浜くんだりから東京の音羽まで出かけた。

編集部は吾輩の登場を待ちかねていたような落ちつきのない雰囲気だった。ずいぶんと齢の離れた人々の好奇と怪訝がないまぜになった視線にさらされ、居心地の悪さに辟易しながらも、大のおとなどもを混乱させ、煙に巻いてやろうという奇妙な気分だった。

天野編集者にすすめられた椅子に座ると同時に、あちこちから編集者どもの矢継ぎばやの質問が浴びせかけられた。吾輩は彼らがよろこび、混乱しそうな、いくぶんかひねりを加えた言説で応酬し、編集者どもを驚かせ、混乱させ、感心させた。吾輩の「完全勝利」だった。ただ一人、天野編集者だけは微笑を浮かべながらもどこか冷めた眼で吾輩を観察計測していた。

吾輩があからさまに退屈している素振りを見せると、天野編集者は吾輩を講談社内の喫茶室に誘った。天野編集者はすごい美人で吾輩は柄にもなく動揺した。膝から足首にかけての形状が取り分けて蠱惑的だった。吾輩が天野編集者の観察分析のために沈黙していると天野編集者がたずねた。

「ねえ、あなたはいまなにを考えているの?」

吾輩は少し間を置いてから答えた。

「あなたとセックスすることは可能か。可能であるとすればそれはどのようなシチュエーションでなされるのか。そういうことです」

吾輩が言うと天野編集者はひときわ大きな声で笑った。

「いまからでもいいわよ。わたしの部屋で。晩ごはん付きで」
「本当ですか?」
「ええ。わたしもおなじことを考えていたから」
「妊娠したらどうするんですか」
「生むに決まってるじゃない」
「生まれてくる子が『無脳症』だったら? 異形ベイビーだったら?」
「さあ。どうしましょうね。あなたといっしょに考えるでしょうね」
「天野さんはみかけによらず誠実な人だな」
「あら。天才くんに褒められるとは光栄だわ。いつも誠実でありたいとは思っているけどね」
「ぼくは天才じゃない。大天才だ。大天才の異形ベイビーだ」

天野編集者はさらに大きな声で笑ったが、眼は少しも笑っていなかった。どこかで見たことのある眼だと思って記憶庫の引出しを片っ端から開けた。小林秀雄が死体の埋まった桜の樹の根方について語り、中原中也の死について語るときの眼だった。

その後、吾輩と天野編集者は代々木にある天野編集者のアパートでセックスし、晩ごはんを食べ、再びセックスし、明け方まで文学や哲学や人間や人生やアリン・スエツングースカや世界や宇宙についてどうでもいいような話をした。天野編集者は群像編集部に欠勤の連絡を入れ、それからまたセックスをし、千駄ヶ谷と神宮前と青山を散歩した。

吾輩は結局、天野編集者の部屋に1週間滞在した。天野編集者が仕事に出かけているあいだ、吾輩は天野編集者の書棚を値踏みしたり、何冊かのページを引きちぎったり、古典楽曲を中心としたLPレコードのつまらぬコレクションについて罵声を浴びせ、グレン・グールドの1955年盤の『ゴルトベルグ変奏曲』を聴いたりした。そこそこにはいい1週間だった。天野編集者のボーイフレンドがやってくるまでは。だが、それはまた別の話だ。

つい先日、エコー診断によって異形ベイビーを宿していることが判明した妊婦についてふれ、いかにも嘘くさい「善良さ」を漂わせるポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウに遭遇した。そのポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウは「平等」だの「普通」だの「世間の目」だのというガラクタを連ねて自身の「善良さ」をアピールするために異形ベイビーについて故障した日本語で空疎に語った。「善良さ」を偽装する醜悪なる魂に反吐が出た。そのポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウに同調するポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもにもだ。

なりかわりようのない「他者の不幸、不遇、悲運」について軽々しく語るな。語りつくせぬことについては沈黙せよ。

浜菊はまだ咲かない。畔唐菜はまだ悼まれていない。「死」について軽々しく語る者は「死」からもっとも遠い者である。


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