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[C2] ありがとうございます

こんばんは。このたびは私のブログにメッセージを戴きありがとうございました。
こちらもまた深い記事ですね。
何年経ってもセナへの想いは尽きません・・・。
私もあるときから
>記憶と思い出の中で
生きているように思います。
そしてそんな生き方を意外と気に入ってます。
自分の人生を俯瞰で見られるというか・・。

そして
>銀杏並木沿いのいい雰囲気のレストラン、「セラン」
神宮外苑のセランにはよく出掛けます。
特に・・新緑の頃、そしてもうひとつ、あの通りが黄色に染まる季節に
"通りに面したテラスで"記憶の中に身を委ねながら過ごす時間が
好きです・・・。

[C3] 抱えきれぬほどのグラミス・キャッスル

泣き虫アイルトンは抱えきれぬほどのグラミス・キャッスルに喜びの涙を流すことでしょう。ありがとうございます。

「セラン」の料理はどうなんでしょう? テラス席でビールを飲むくらいなんですけども。泡の時代の「AOYAMA KIHACHI」(消滅)の勢いは維持してるのかな、漁師料理人一味は。
  • 2012-09-03 01:12
  • ディオゲネスの犬
  • URL
  • 編集

[C4] ささやかな・・

ささやかなで気持ちですのに、ご丁寧な返信を下さり恐縮です。
SELANのお料理は、時に当たり時に少し外れ・・・みたいな(笑
けれど、
私はスイーツ好きで・・KIHACHI”季節のトライフル”はちょっと他にはないお味かと・・。
出張の折には、羽田のKIHACHIもよく利用します。
飛び立つ飛行機の機影をぼんやり眺めながらのティータイム
空気の澄んだ日には富士山も見えたり^^

あの時の三島と擦違っていらっしゃるというのは
それは凄いことですね・・。
こうしていくつもの記事を拝見させて戴いてまいりまして
その時受け取られた何かは
かけがえのない糧になっていらっしゃるように感じ取れます・・。






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1994年5月1日、春のイモラに散ったアイルトン・セナ・ダ・シルバのこと

 
senna44.jpg

「クモモの樹探索」から帰還し、おそい午睡をとった。そして、アイルトン・セナと春のやわらかな陽射しにあふれる隅田川沿いを散歩している夢をみた。セナは愁いと甘さと哀しみとを含んだ微笑を浮かべ、陽の光を反射してきらきらと輝く隅田川の流れをみつめていた。セナが「境界のボート」に乗り込んだところで夢は終わった。すでに夕暮れどきをすぎ、街は闇に沈んでいた。目がさめると涙が一筋、頬をつたっていた。闇の中でセナのことを考えていたら、涙は次から次へといくらでもあふれてきた。

senna23.jpg

 アイルトン・セナを初めて知ったのは1987年、鈴鹿の日本グランプリだった。セナはキャメル・イエローのロータスをドライビングしていた。彼が初めてワールド・チャンピオンになる前年のことだ。それは良くも悪くも「セナ・プロスト時代」の幕開けを告げる重要な年だった。セナはどのドライバーよりも輝いていた。スリムな体から発する輝きが桁はずれて眩しかった。端正で物憂げな面差しが輝きに深みをあたえているように感じられた。アラン・プロストもネルソン・ピケもナイジェル・マンセルもセナと比べてしまうとくすんでみえた。
「アイルトン・セナはいつかかならずワールド・チャンピオンになる」
 私が言うと同行のホンダ広報のSがうれしそうに何度もうなづいた。私の予言どおりアイルトン・セナは翌年、F1最強のホンダエンジンRA168Eを搭載したマクラーレンMP4/4というリーサル・ウェポンをえてワールド・チャンピオンとなった。私の6年に及ぶ「セナ時代」のはじまりだった。

senna09.jpg

 1991年、インテルラゴス・サーキットで行われたブラジル・グランプリでセナは初めて母国での優勝を遂げる。アイルトン・セナのブラジル・グランプリ優勝は「セナのやり残した大きな仕事のうちのひとつだ」という声があがるほどセナにとってもブラジルの人々にとっても重要な意味を持っていた。これをやり遂げれば、セナに残されたのはファン・マヌエル・ファンジオの記録(F1ワールド・チャンピオン5度)を破ることだけだった。レースを終え、メイン・スタンド前にマシンをとめて天を仰ぎ、神と対話するセナの陶酔しきった姿をみて、私は「セナはもうすぐ死ぬのだな」と不意に思った。
 あるモーター・レーシング関係者は「モチベーション」という表現でセナの行く末を案じていた。私は燃えつきてしまった者の姿をセナにみた。実際、母国グランプリの勝利以降、セナは抜け殻のようだった。セナが半透明に透けて、見えないはずの向こう側が見えてしまうことさえあった。愁いの影や哀しみの色は日ごと増していくように思われた。「セナはいまサウダージのただ中にいるのだ」とも思った。私の「予感」は3年後に現実のものとなるのだが、もちろん、当時の私は「セナの死」を予感しながらも、決してそれはあってはならないことであるとも考えていた。だが、音速の貴公子、アイルトン・セナ・ダ・シルバは1994年5月1日、春のイモラ、アウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリに散った。

senna08.jpg

 予選走行の段階ですでに悲劇は序章を迎えていた。ルーベンス・バリチェロの身も凍るようなクラッシュ、ヘルメットから血潮を滴らせ、意志をうしなった肉の塊りがコクピットから露出したローランド・ラッツェンバーガーの壮絶凄惨な死。
「次はセナの番だ」
 私は確信にちかい思いを抱いた。運命のサンマリノ・グランプリ、運命の決勝。セナ通算65回目、生涯最後のポール・ポジション。スタート直前のセナは死人のように青ざめた表情でウィリアムズ・ルノーFW16のコクピットにおさまっていた。レッド・シグナルからグリーン・シグナルへ。スタートと同時にエンジン・ストールに見舞われたJJ・レートにペドロ・ラミーが追突。マシンから飛び散った破片で観客にも負傷者がでる。ペース・カーによる先導ののち、5周後にレースは再開した。

senna17.jpg

 レース再開後の2周目。セナ、生涯最後のラップを車載カメラが克明に冷徹にとらえる。シューマッハのオンボード・カメラにセナのマシンが映る。運命のタンブレロ・コーナー。名にしおう高速コーナーである。タンブレロ・コーナーの入口でセナのマシンは左リアのあたりから激しく火花を散らし、カメラの視野から流れるように消えてゆく。流星のように消えゆくアイルトン・セナ・ダ・シルバ。バック・ミラーに映るシューマッハの驚愕と恐怖に満ちた眼差し。コンクリート・ウォールに向かって一直線に突き進むセナ。時速300km。息を飲む大クラッシュ。だれもがセナの死を思ったはずだ。
「セナがクラッシュ! アイルトン・セナがクラッシュ! イモラがアイルトン・セナにも牙をむいた!」
 春のイモラに実況のフジTVアナウンサー、三宅正治の絶叫が響きわたる。タンブレロ・コーナーを直進し、砂煙を上げてコンクリート・ウォールに激突するホワイト&ブルーのウイリアムズFW16をモニターが何度となく映しつづける。引きちぎられたマシンの中でブラジル・カラーのヘルメットが激しく揺れる。「ROTHMANS」と記されたリア・ウィングはスローモーションのように宙空を舞い、セナの親友ゲルハルト・ベルガーのフェラーリ421T1の前に転がった。ベルガーは16周目、沈痛な面持ちでマシンを下りた  
 セナは事故現場ですぐさま気管切開をほどこされ、ヘリで病院へ搬送されるが破損したサスペンション・アームが頭蓋骨を砕き、激突の衝撃はセナからすべてを奪い去ろうとしていた。1994年5月1日18時40分、心肺停止。享年34歳。その早すぎる死に世界中が涙した。事故原因は諸説入り乱れ、いまだ確定されぬままである。

senna19.jpg

 セナのいないF1は気の抜けたビールのようだった。以来、私はF1をほとんどみなくなった。F1サイボーグといわれるミハエル・シューマッハがいくら「正確無比のドライビング」をみせつけ、「記録」を塗りかえても、空飛ぶフィンランド人、ミカ・ハッキネンがワールド・チャンプに輝いても、悲劇の無冠の帝王、ジル・ビルヌーヴの忘れ形見、ジャック・ビルヌーヴが天才の片鱗をみせても、私の心は動かされなかった。ことF1に関して言えばアイルトン・セナの死とともに私の心は石ころになってしまったのだ。もはやマシンを大胆かつ繊細にスライドさせながらコーナーを攻めつづけるセナの姿を見ることはできない。わずか数センチの隙間をみつけだし、1秒間に6回アクセルのON/OFFを繰り返すといわれる「セナ足」でコーナーに飛び込んでいくセナの姿を見ることはできない。世界中のどこのサーキットにも、風をきり、風になって走り抜けていくセナの勇姿はないのだ。そのことを思い知ったとき、世界は完全に色あせた。物事にはいつかかならず終りがくる。そう、かならず終りがやってくるのだ。だれもそのことから逃れることはできない。たとえ限界を超えるコーナリング・スピードを連発し、あまたのコース・レコードを打ちたてたアイルトン・セナ・ダ・シルバであってもだ。

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「僕はレーシング・ドライバーだ。レーサーとして生まれたんだ。と同時に、それは自分が選んだ道なんだ。スピードへの興味はつきない。僕のライフ・スタイルだ。きっと生まれたときから急いでいるんだね」
 生まれたときから急いでいる  生き急ぎ、死に急いだアイルトン・セナ・ダ・シルバ。
「僕にとっての1秒がセナにとっては10秒だったのだろうと思う。コースを走っている時、セナは僕とまったくちがう世界を見ていたのだと思う。彼はまちがいなく英雄だった。でも生きて素晴らしいレースをつづけてほしかった。こんな形でいなくなってはいけない人だった」
 かつてのセナのチーム・メイト、中嶋悟が「そのときのこと」を振り返る。ふだんは寡黙でめったに感情を表に出さない中嶋悟が顔面を紅潮させ、目を潤ませて語った。

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 アイルトン・セナは同時代に生まれ、同時代を生きることのできた幸福を感じさせてくれる数少ない人物の一人だった。セナが世界のどこかにいて呼吸をし、ステアリングを握り、マシン・セッティングについて注文をつけ、いわれなき誹謗・中傷・非難に一喜一憂し、哀愁の微笑を浮かべていることを思うだけで私は幸福な時間をすごすことができた。だが、そのセナはもはやいない。アイルトン・セナの死によって、私の世界はしけた、輝きのない、つまらぬものになってしまった。以来、今日までときめくことなどただの一度もない。そのようにして18年の歳月が流れた。そのあいだに皇帝ミハイル・シューマッハがおそらくは永遠に破られることのない「記録」を打ち立て、引退し、ワンダーボーイ、マイク・タイソンはただの大うつけ者に成り下がり、スキーター・デイヴィスはアメリカ合衆国の田舎町でひっそりと息を引き取っていた。以後も私にとって「世界」はますますつまらなくなっていくだろう。それでいい。もう「世界」になにも期待などしない。記憶と思い出の中で静かに戯れ、遊ぶだけである。

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 いつか春のイモラを訪ね、セナが流星になったタンブレロ・コーナーに抱えきれぬほどのグラミス・キャッスルを手向けようと思う。そして、アイルトン・セナ・ダ・シルバのことを日が暮れるまで思おう。それまではナイジェル・マンセルと死闘を演じた1992年のモナコ・グランプリを繰り返し繰り返しみることにしよう。春のイモラで逢う日までアデュー、アイルトン。(o Fim)

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    こんばんは。このたびは私のブログにメッセージを戴きありがとうございました。
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    何年経ってもセナへの想いは尽きません・・・。
    私もあるときから
    >記憶と思い出の中で
    生きているように思います。
    そしてそんな生き方を意外と気に入ってます。
    自分の人生を俯瞰で見られるというか・・。

    そして
    >銀杏並木沿いのいい雰囲気のレストラン、「セラン」
    神宮外苑のセランにはよく出掛けます。
    特に・・新緑の頃、そしてもうひとつ、あの通りが黄色に染まる季節に
    "通りに面したテラスで"記憶の中に身を委ねながら過ごす時間が
    好きです・・・。

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    泣き虫アイルトンは抱えきれぬほどのグラミス・キャッスルに喜びの涙を流すことでしょう。ありがとうございます。

    「セラン」の料理はどうなんでしょう? テラス席でビールを飲むくらいなんですけども。泡の時代の「AOYAMA KIHACHI」(消滅)の勢いは維持してるのかな、漁師料理人一味は。
    • 2012-09-03 01:12
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    ささやかなで気持ちですのに、ご丁寧な返信を下さり恐縮です。
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    けれど、
    私はスイーツ好きで・・KIHACHI”季節のトライフル”はちょっと他にはないお味かと・・。
    出張の折には、羽田のKIHACHIもよく利用します。
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