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死者に言葉をあてがい、朽ち果てるその時まで絶えることなく刻め。

 

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 2年2ヶ月。予想どおり、どの貌にももはや死者にあてがえるような愁いも緊張も嘆きもない。それでいい。そんなことはわかりきっていた。死者たちもなにも期待などしていなかったろう。3.11の出来事を大雑把で空疎な「抽象」「絵空事」で語る者は直後からいて、そのような輩どもは「絆」「復興」「希望」「友愛」「がんばろう東日本」などという耳ざわりだけはいい言葉をどこか得意げに、そしていかにも満足げに垂れ流していた。そのような輩どものリアリティのない一群の言葉はこの国の現在の心性をも象徴していたのであって、それらの使い古され、手あかにまみれ、虚しく空転する言葉はほどなく力を失った。当然のことだ。死者たちも、これから絶望と苦悩のうちに死にゆく者たちも、おまえたちにはなにひとつ期待などしない。いつか、おまえたちに身も凍るような惨事が降りかかることを祈っているのみだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしい死が訪れることを。「絶対の安全圏」が死刑台の抜き板とならないことを保証できる者などいないことを知るがいい。気がつけば13階段へとつづく道を歩いているのだと。

 動きつづけるもの変わりつづけるもの転がりつづけるものにしか、力、位置エネルギーは宿らない。一瞬たりとも留まらない。有為転変する。そのことをとやかく言う者どもとは遠く離れてありたい。
 変わること変わりつづけることに異議申し立てをする者は自分の足元をよく見てみるがいい。変わらぬ場所、『大地の歌』の鳴りわたる場所だと思っていた地面がアスファルトになり、コンクリートになり、大理石になり、プラスチックになり、死刑台の抜き板になっていることをその者たちは知って愕然とし、腰をぬかすだろう。愕然とするだけのナイーヴさがその者たちにあれば、の話だが。そして、この世界に変わらぬものなどありはしないことを思い知るがいい。
 13階段の果てにある死刑台の抜き板が落ちるのは、このたったいま、イマ・ココであるかもしれない。亀速度、牛歩であっても、動いていれば、転がっていれば、つまりは変わりつづけていれば、死刑台の抜き板が天国に至る至福至上の階段になっていたかもしれないのに。だが、時すでに遅し。御愁傷様なことではあるが、もはや、吾輩の知ったことではない。

 この先、吾輩に語れることがもしあるとしたら、それは吾輩という一個のリアルが吾輩自身のからだを貫き、言葉を粉々に砕かなければならないし、そうでなければ痛みのリアリティを伴わぬ「評論」のたぐいに堕するだろう。評論ならまだしも、3.11をめぐる事態を「風景」のひとつとして切り取って、それが当然のことでもあるかのように「絵葉書」として大安売りする愚劣さえ登場している。3.11にコミットメントすることが「免罪符」ででもあるかのように考えて。1000年後までも通用する免罪符などあるはずもない。われわれに課せられ、突きつけられているのは千年単位の自戒、苦悩、嘆きであることをこそ知らねばならぬ。


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 この春のある明け方、東北の名も知らぬ海を訪れた。夜明けの兆しすらないほど濃密な闇に支配された海辺は、通りすぎる車のヘッドライトに一瞬だけ照らされたさざ波も海辺の砂どもも、そして空でさえ、不吉な鈍色に満たされていた。
 午前4時46分。時計の針は日の出の刻限を指し示してはいるが、かすかにグレナディンに染まった水平線はそのほとんどを暗雲に占拠されていて、森羅万象は深く沈黙したままだった。そのような暗鬱な静寂のただ中にいると、闇の持つ強靭に圧倒されてしまい、永遠に夜明けはこないのだと納得し、悲観と徒労は際限もなく広がっていき、夜明けの到来をしばし待つことすらできなくなる。踵を返そうにも向ける先もまた別の闇と沈黙に支配され、占拠されていて手立てはない。そのとき、背中になにかしらの熱を帯びた「積分されたものの一群」がぐさりと突き刺さる。振り返れば、いましがたの単色の世界が固有時との対話を始めている。海は海の群青、海辺は海辺の代赭、虚空は虚空の蒼穹と役割りを分けて。正確には本来固有の色ではなく、それぞれの色彩に瑠璃の粉末を散りばめて照り映え、それぞれの彩りをさらに深めている。背後に突き刺さったものは雲のあいだから突如として現れた夜明けを告げる日輪のまばゆい陽射しをまとった大鴉の嘴だった。

 日輪が支配する海辺はそこに在るもののすべてが異なる彩りや動きやざわめきを発しながら、むしろ、「異和ある主張」をしているからこそ、鈍色の景色に一瞬とはいえ、うつろいの調和あるいは危うい均衡をもたらしている。調和と均衡は異なりと異なりの鬩ぎあいの中に存することを前提としているのだという必然を目の前に現前化した景色の力学に教えられたことを知る。
 闇の中に内包されている光/光の中に潜む闇を自明のこととして信じられなかった脆弱と怠慢を恥じながら、このような暁闇の中でこそ人は試されるのだと知る。すなわち、朝陽が地上に顔を出す直前のもっとも暗い状況の中で、もう目の前まで来ている明るい陽射しのような歓喜と祝福の到来を身じろぎもせずに待ちつづけられるかどうかということだ。しかし、それでもやはり現実は冷厳にして冷徹である。太陽が現れる瞬間まで粘強く待ち、「劇的瞬間」をカメラに収めることができたとしても、理想とする風景を完璧に捉えることはほぼ不可能だ。
 あるいは、たとえ残りの何割かを手に入れ、目指す地平に到達できたとしても、周囲はいまだ薄闇の中かも知れないし、むしろその闇の中でこそ、破滅と終末を希求する己が魂の本質をなすもの、困憊や虚脱や諦念に激しく打たれ、至上至福の愉悦さえ感じるかもしれない。そして、そこで力尽き果て、砂浜に倒れてしまうかもしれない。 けれども、その時でさえ、砂に顔をうずめながらも、「このまま朽ち果ててなるものか」という心願の自由だけは残されているだろう。
 その自由を胸に感じているかぎり、目指す地平に到達したのちに崩れ落ちた地点の砂を握りしめ、さらに一歩もう一歩と歩み出すことも可能だろう。同時に、立ちはだかる困難に目の前が霞み沈んでゆく無様で覚束ない足取りの日々を正直に告白しなければならないだろう。なぜなら、そうすることでこそどんな苦難にも朽ち果てぬ燃える日輪のごとき遥かな永遠を心に刻みつけることができるように思うから。

 今、この歴史の最果てで表現することとは、二万を超える死者たちのひとりびとりの唇と肺に言葉をあてがうための無限の努力ででもあるだろう。3.11以前のままの文体で書かれる言葉は、言葉をあてがうそばから瓦礫と化してしまうはずだ。それでもなお、表現者は瓦礫の中から言葉と文体を拾いつづけなくてはならない。永遠に石を積み上げつづけるシシューポスの行為を諦めてはならない。諦めることは明瞭に敗北である。

 3.11あるいは3.14の「滅び」を生き残った者もいつか必ず朽ち果てる。だからこそできることはただひとつだ。死者に言葉をあてがい、朽ち果てるその時まで絶えることなく刻め。


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 死者にことばをあてがえ 辺見 庸

 わたしの死者ひとりびとりの肺に
 ことなる それだけの歌をあてがえ
 死者の唇ひとつひとつに
 他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
 類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを
 百年かけて
 海とその影から掬(すく)え

 砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
 水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
 石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
 夜ふけの浜辺にあおむいて
 わたしの死者よ
 どうかひとりでうたえ

 浜菊はまだ咲くな
 畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
 わたしの死者ひとりびとりの肺に
 ことなる それだけのふさわしいことばが
 あてがわれるまで


 *辺見 庸『眼の海』より




     
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