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「クマグス曼荼羅」発、『河内のオッサンの唄』着

 

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 クマグス曼荼羅、秋艸堂の結界を破る。千曲川のスケッチブックに綴られる海上の道と遠野の里の物語。そして、河内のオッサンの唄


「秋艸堂で釣竿一式借りることにしよう」
 クマグス先生は言うが早いかダットサンを上回る脱兎の勢いで走り出した。吾輩もあとにしたがった。クマグス先生の俊足はつとに知られている。和歌山県陸上競技連盟の公式記録には若きクマグス先生が百メートルを10秒代前半で走ったとある。まさに天狗である。実際のところ、クマグス先生は正真正銘の天狗なのであるが。正確には「先祖がえり」の一例である。


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 明治通りでスカした舶来車やらRV車どもを蹴散らしながら疾走し、学習院を横目に雑司ヶ谷の墓場際の秋艸堂に到着するなり、クマグス先生は大音声を発した。
「會津はいるか! 八一はおらんのか!」
 中からはなにも声がしない。門は固く閉ざされている。と、クマグス先生は右の指先で虚空に梵字をいくつか切り、クマグス曼荼羅を出現させた。それからおもむろにクマグス曼荼羅を口にくわえ、一瞬気配を消したと思うそのすぐ先に一気呵成に「八一の結界」を破る。門は木っ端のように軽々と開いた。
「罷り通る!」
 クマグス先生が結界を越えて一歩足を踏み入れた途端に、秋艸堂の庭の樹々がわさわさと喜びの声をあげた。

 會津八一はいなかった。あるいはどこかに潜んでいるのかもしれないが姿はみえない。家の者もいない。クマグス先生はさっさと着物を脱いで褌一丁になると大広間の畳の上に大の字になった。そして、すぐに大鼾をかきはじめる。吾輩は手持ち無沙汰に會津八一の蔵書の中からカネになりそうなのを見繕ってさっさと懐におさめた。そして、吾輩もパンツ一丁になり、クマグス先生の横に寝転んだ。


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 ひとつどきも過ぎた頃か。クマグス先生と吾輩の枕元にとんぼ眼鏡をかけた末生りがこれ見よがしに千曲川の瀬音を響かせながら立っている。
「先生、先生。島崎の野郎が来ましたぜ」
「ん? なに? だれが来たって?」
「島崎ですよ。島崎のハルキンボです」
「あ。ハルキンボめ! ここで会ったが百年目と思え!」
 クマグス先生が怒鳴る。震え上がるハルキンボの末生り瓢箪のような肩越しにコケシとホトケさまを足したような風情、たたずまいの柳田國男が満面の笑みを浮かべて大黒柱に抱きついているのがみえる。


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「やいやい、ハルキ! ハルキンボ! おまえ、柳田のひとがいいのをいいことに椰子の実を盗みやがったな?」
「あ。それは、そ、そ、それは   
「ソもラもシもあるか! ファドはポルトガルのブルーズだ! おぼえとけ! 姪っ子と乳繰り合うような下衆外道には椰子の実を盗むくらいはどうということもなかろうけれども、おまえのインチキマヤカシ銀流しは先刻お見通しだ。いったいうすらの女子をどれほどもいてこましたのだ?」
「そ、そ、それは、それは、百と八人ほど」
「きさま! ヤルにこと欠いて煩悩の数だけ天津摩羅命、天照眞良建雄命をおっ勃ておったか! ハルキンボ! ここに八一がいようものなら、おまえただではすまんぞ!」
「天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」と大音声を発して入ってきたのは秋艸道人、會津八一であった。
「あ。會津。どうしておまえがここにいる?」と南方熊楠翁やや拍子抜けした様子でたずねた。
「ここはおれんちだ。おれんちにおれがいてなにが悪い。なにか奇矯か? そんなことより、きょうこそはお弟子にしていただくのである!」
「おまえ、いちいち大音声を発せんでも聴こえるから」
「声のでかいのは地である! 天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」
「だれもきいてないから。おまえが會津八一であるのはここにいる全員知ってるから」
「秋の日は義淵が深きまなぶたにさし傾けり人の絶え間を」
「聴いてないから!」
「一、ふかくこの生を愛すべし 一、かへりみて己をしるべし 一、学芸を以て性を養ふべし 一、日々新面目あるべし いまよりは天の獅子座のかがやきを大人のまなこと観つつ励まむ」
 會津八一は鬼の形相で絶叫をつづける。そのそばから島崎ハルキンボこと島崎藤村が歌いだす。
「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」
「黙れ! スケコマシ!」
「君がさやけき目のいろも 君くれないのくちびるも 君がみどりの黒髪も またいつか見ん この別れ」
 クマグス先生が怒鳴ってもハルキンボはやめない。今度は柳田國男が呪文じみた言葉を吐き出しはじめた。
「ナニャドヤラナニャドヤラナニャドヤラ ナニャド ナサレテ ナニャドヤラナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエ ナニャド ヤラヨーナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド」
「おまえたち! いいかげんにしろ!]
 だれもやめない。
「よおし。おまえたちがそうなら吾輩だって」
 南方熊楠翁は言うなり、『ラーマーヤナ』第6巻の「ユッダ・カーンダ」をブラーフミー語で吟じ始めるではないか。こうなっては吾輩も負けてはいられない。深呼吸し、息を整え、愛は思うまま歌った。


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「オイ、ワレ男っちゅうもんわな、酒の一升も飲んじゃってさ、競馬もやっちゃってさ、その為にさ思いっ切り働くんじゃいワレ。てやんでべら坊めやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。河内のおっさんの唄。河内のおっさんの唄!」
 秋艸堂が一瞬にして静まりかえり、八つの射るような眼差しが吾輩の土手っ腹を轟々と貫いた。秋艸堂の幽けき庭から、マタ・ハリよろしく間諜仰せつかった落窪クソ婆の渋り腹より糞が絞り出されるごぼごぼというおぞましい音が聴こえてきた。


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