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千のメルドー#1

 

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  アンチ・シナプスの使徒として死を賭して。

 世界は糞だらけだ。世界だけではない。人間も社会も国家も自然も、そして宇宙も。もちろん、アヌースもアナールもルナールもフラゴナールもジャンクメールもフェメールもフェルメールも。言葉、言語の果てまで糞だらけ、糞まみれ。


Mille_Plateaux-Gilles_Deleuze+Félix_Guattari-1000PX1


 なぜ糞だらけになったのか? 理由、原因はアメリカン・バッファローの糞の山のようにあって特定することはほぼ困難である。しかし、糞のひとつひとつ、糞粒の一粒一粒をあげつらうことで運がよければ核心に迫れる可能性がいくぶんかは残されている。糞の問題で重要なのは色、形状、におい、そしてだれの作品であるかだ。


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    [C44] ダイアローグ1

    蠅の王より危険な男は、ヤバさを一向に失わないらしい。
    オレには、その男に対する緊張感が常にあった。
    戯れに、それを憎悪と呼んでみたりする。
    だが、憎悪を押しのけるように、
    その男に対する愛が溢れてしまうのを抑えようがない。
    口惜しいことよのお。

    オレは、その男と決別した後も、その男とのダイアローグをずっと続けていた。
    続けざるを得なかった。ああ、宿題。

    ダイアローグの一端を、ブログにアップしてみた。
    http://ekr48ofc.blog.fc2.com/
    その男の嘲りが目に浮かぶ。
    ボロクソにけなされながら、オレは呵呵大笑する。

    [C47] おかえしに剽軽なリゴレットを三幕全部歌ってやった。

    帝政ロシアのサンクトペテルブルクと無政府インターネットブルク、ラスコーリニコフ/スヴィドリガイロフとアダチ/ニナガワ、そして無核と有核。吾輩は広瀬隆の『東京に原発を!』を契機としてドスト氏の読み方が劇的に変わった。F1のメルトダウンでそれは決定的になった。すなわち、ドスト氏が抱えていた「危うさ」「ヤバさ」より、われわれ世紀末人、21世紀人が直面している「危うさ」「ヤバさ」のほうがはるかにリアルで強烈だということだ。すべての元凶である「官僚/木っ端役人」どもによる官僚ファシズムはドスト氏が生きていた19世紀末よりますます強固に頑迷になっているし、守旧派どもはさらに巧妙狡猾の度を増している。「一杯の紅茶」のために実存をさらし、賭けるのとは比べものにならないほど複雑で胡乱で剣呑で狷介で厄介な時代をわれわれは生きている。そして、吾輩は結論した。「おれが生きている時代からみれば、フョードル爺さんなど甘ちゃんだ」とな。その「危うさ」「ヤバさ」を知らず知らずのうちに感じとっているから世の大衆どもはどいつもこいつも不機嫌なつらをしていやがるんだとな。白のカローラに乗る大衆どもがどれほど不機嫌になろうが、どれほど下衆外道なことをしでかそうと吾輩の知ったこっちゃないが、せいぜい大衆どもがのたうちまわり、もがき苦しむリアルについては微に入り細に入り、じっくり見届けようと思っている。半笑いではなく大笑いでな。

    老婆言:法律家的文体を身につけることをすすめるぞ。團藤重光『刑法綱要』がよろしかろう。あと、「刑事訴訟法」は物語の贅肉を削ぎ落とし、ブレを排除するためのヒントを教えてくれる。文武両道軒は「刑事訴訟法」からストーリーの骨格の作り方を学んだ。犯罪の端緒から判決の確定まで。手続き法であるから思想も哲学も、ましてや文学も詩もないが、もっともごっつい「死刑」のリアル・ストーリーのことは書いてある。法律の条文は文体に品格風格厳粛をもたせるためのいい修行場だ。「あれも修行、これも修行」ってこったな。

    持続する志を持ち、死滅する鯨の背に乗り(まちがってもセガには乗るな!)、終りなき厳粛な綱渡りをつづけることを祈る。
    • 2013-05-02 10:57
    • 東京シニフィアン
    • URL
    • 編集

    [C48] 曖昧なる装置としての純文学

    純文学というのは作品の論理構成の曖昧さを許す装置なんだな。法律家的文体か。助言、痛み入る。
    アダチの逃走は、夜の動物園でニナガワ(に操られたコウゾウ)の放った銃弾により頓挫する。ニナガワによる「一度目の死」のプレゼントだ。だが、アダチの意識の消滅と同時に動物園の檻という檻が開き、ナヴァホ・インディアンの神聖動物であるいたちが這い出す。彼は小高い丘に駆け上がり、アダチ(一人称単数視点)にかわり三人称多元視点の物語を夜と株式取引所の休息に対して宣言する。once upon a timeと。
    アダチはエネルギーの過剰により「生きていることそのもの」が苦痛なニナガワを、彼の策略により殺害しており、そのことに最後まで気づかない触法精神障碍者ってなわけだ。だから、その意味でも法律知識は不可欠になるな。
    純文学には逃げるな、というアドバイスと受け止めた。ありがとう。

    [C49] 追伸

    ポスト3.11の表現では、オレの知る限り辺見庸の「青い花」(すばる2月号)が群を抜いていた。
    世評の高いいとうせいこうの「想像ラジオ」などは、オレには笑止だった。
    あんたの言うとおり、3.11以降の世界では、ドスト的世界観はリアルでないかもしれない。
    アンチ・オイディプスのカラマーゾフを企図しようとも。
    あんたのポスト3.11をぜひ読んでみたいね。

    [C50] プリーズ・ミスター・ポストマン1

    分量が多過ぎてアップできないので本文にアップする。
    • 2013-05-02 18:08
    • 東京シニフィアン
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