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小春おばさん、会いにいくよ

 
 
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小春おばさんが死んだ。102歳。大往生だ。小春おばさんは一人暮らしだった。子供はいない。親戚すらいない。天涯孤独。

こどもの頃、冬将軍様がおでましになり、風に焚火の香ばしいような匂いが混じりはじめると小春おばさんの家へ行った。そして、普段は決して口にすることのできない御馳走をたらふく食べ、縁側で小春おばさんの話を聞いた。小春おばさんは吾輩にあれやこれやのおいしいものをいくらでも食べさせてくれた。帰りがけにはけっこうな額の小遣いをもらった。初めのうちは御馳走と小遣いが目当てだったが、次第に小春おばさんの話を聞き、小春おばさんに自分の話を聞いてもらうのが目的になった。

小春おばさんの家は武蔵野にあった。家のまわりには雑木林がいくつもあって、どこかさびしげだった。まさに絵に描いたような「武蔵野の面影」のあるところだった。小春おばさんの家は木造のマッチ箱のように小さかったが、今思えばとても造りのいい家だった。家は黒塀で囲まれ、見越しの松までがあった。おそらく、花柳界時代のパトロン、旦那に建ててもらったのだろう。

横浜から東海道線と中央線と武蔵野線を乗り継いで小春おばさんのところへ行くのは、こどもの吾輩にとっては小さな冒険旅行にも匹敵する一大事だった。

駅からは徒歩で1時間近くかかった。行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。冬の一日を小春おばさんの家で過ごし、帰るときには陽がとっぷりと暮れている。時代は昭和40年代末。いまのようにコンビニや24時間営業の店などない時代だ。しかも、小春おばさんの家は街場からずっと離れたところにある。ぽつりぽつりとある街灯と民家の明かりが頼りだった。いまは蛍光灯、LEDで街のどこもかしこも白っちゃけた明かりばかりだが、当時は白熱電球のオレンジがかった色が「街の色」だった。その色が子供ごころにとても温かく感じられた。

「乞食酒を飲んではいけない」
「人との付き合いはフィフティ・フィフティでなければいけない」
「馬鹿と野暮天とみみっちい人間とはかかわってはいけない」

いずれも、小春おばさんから教わったことだ。吾輩はこの言いつけをいまも守っている。守らねばならない。死ぬまで守りつづけねばならない。

小春おばさんは若い頃、赤坂の芸者だった。よく小唄や端唄、長唄や都々逸を聴かせてくれた。三味線を弾いているときの小春おばさんの背筋はしゃんと伸び、顔つきには凛とした色気、艶があった。若い時分の写真を見せてもらったが、目の玉が飛び出るほどの美人だった。その面差しに見覚えがあるのが不思議でならなかった。

小春おばさんは親戚ではなかった。実のところ、小春おばさんと吾輩がどういう関係にあるのかはいまだにわかっていない。しかし、吾輩にはわかる。おそらくは小春おばさんは吾輩の母親の実の母親、生みの親なのだと。つまり、小春おばさんは吾輩の祖母、おばあちゃんだったのだと。しかし、小春おばさんがそのことを明かすことは決してなかった。そのあたりのしがらみ、複雑で入り組んだ事情はもはや闇の奥深くに隠れようとしている。それでいい。それでいいんだ。そういう物語があるんだ。何者もその物語についてとやかくのことを言うべきではないし、手を加えるべきではない。まさに時代が生んだ物語なのだから。吾輩の心の中だけでひっそりと語られ、ひっそりと終りを告げる物語なのだから。

小春おばさんはいつもいかなるときにも小春おばさんだった。雨の日も風の日も雪の日もかんかん照りの日も。大きな地震があった日も。吾輩はそんな小春おばさんが大好きだった。

小春おばさん、会いにいくよ。あしたかならず会いにいくよ。そしたら、またあの縁側で昔の話を聞かせてほしい。ぼくはまだ小春おばさんが大好きなこどものままでいるよ。ずっといる。


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小春おばさん - 井上陽水




     
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