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トロンプ・ルイユ氏のまごうかたなき真実の眼と精神の旅#2

 

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 散種する者の一族の建築物に関する若干のディスクール

 トロンプ・ルイユ邸の主館である虹色の館が抱える表層/表皮の問題については、かつてモノリス・メルロー=ポンティ教授自身が視察に訪れ、おおよそ次のような感想を記している。

 ルイユ邸の「虹色の館」が果たして現象学の対象となるか否かの問題は、ひとえにその表層/表皮にいったいなにを読み取り、なにを捨象するかという態度いかんにかかっている。このことは「現象学とはなにか?」という厄介な問いと軌を一にしているのでもあって、われわれは用心しないと一方/他方の多義性の剣呑に搦めとられる危険をつねに孕んでいることの自覚を持たなければなるまい。『Signes 3』


BOOK-Signes-Merleau-Ponty-1200PX2.jpg BOOK-COPIE-Maurice_Merleau_Ponty-1200PX.jpg


 モノリス・メルロー=ポンティ教授がここで述べている「一方/他方の多義性」についてはトロンプ・ルイユ氏自身がこどもの頃から虹色の館でいやというほど味わわされたことであって、ある意味ではトロンプ・ルイユ氏の精神、内面を形成したのは虹色の館であるとも言える。
 トロンプ・ルイユ氏のまごうかたなき真実の眼と精神の旅の前に、われわれはトロンプ・ルイユ邸の虹色の館についてのいくぶんかを学ばなければなるまい。それは堅実かつ冒険心に溢れたな旅程表を作るのにも似た作業であって、決して揺るがせにはできない。

 虹色の館は七角七色の尖塔を持ち、外壁は古代ローマ・タイル貼り、礎石はペトログリフ/ヒエログリフ兄弟愛用のルーン・ナポリタン・マスティフ・ストーンが何層にもわたって積み上げられている。外壁は温度、湿度、日照、雲の具合等の気象条件、人通り、人物の性癖等の周囲の状況によって時々刻々と変化するような仕掛けが施されている。

 虹色の館はもともとカラトラバ十字王でもあった藁すぼ王アントワーヌ・ド・パテック・フィリップ4世によって構想され、14世紀半ば、大甘王ジャンが陣頭指揮を執り完成した。虹色の館の原型はバベルの塔にあるとも言われている。名著『イストワール・ドゥ・ピストリエ』の著者として知られるプリゾニエ・ドゥ・レ=マルクは晩年の日記『甘いもの喰いの甘々人生』の中で次のように述べている。

 そもそも我々甘党一味がアントワーヌ・ド・パテック・フィリップ4世陛下に「虹色の館」建設を御進言奉ったのはノストラダムス・ド・パリ居士によってもたらされる数多の凶事を封じ込めるためであった。遠い異国の島で紙と円陣によって都を魔軍と邪鬼悪鬼どもの禍々しき手から救ったアベック・ノン・セイメイなる奇人から呪法と変容の秘儀を授かったノストラダムス・ド・パリ居士はまことに恐るべき人物であった。げに恐ろしきノストラダムス・ド・パリ居士を封じたのはマカロン・パリジャンの礫が彼をして歯痛の虜となしたからであった。もし、虹色の館なかりせばルテチアの都は見る影もなき惨状を呈していたであろう。まことに虹色の館はルテチアの民ばかりかラ・マルセイエーズの漁師、イル・ド・フランスの百姓農民をも邪悪なる魔の手から救ったのである。


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 トロンプ・ルイユ氏は元樽犬だが、今はガソリンと石油メジャーの利権のにおいのする歩行する貝殻にして呪われた紅豚でもある。
 ルイユ一族は元々は「撒き散らされた者」であり、ディセミナシオンである。散種犬である。サンシーブル・ドッグだったことすらある。ついこのあいだまでは樽犬であり、今はガソリンと石油メジャーの利権のにおいのする歩行する貝殻であるが、実際のところは呪われた紅豚である。
 呪いだ。すべては「マラーノの呪い」からはじまったのだ。サルデーニャ海とトスカーナ海とアドリア海と空の青さがいくらトロンプ・ルイユ氏の心を洗っても、七里ケ浜駐車場レフト・サイドに吹きつける強い南風がトロンプ・ルイユ氏の心を吹きぬけても、マダム・ジーナがトロンプ・ルイユ氏のパンツをプロクター&ギャンブル・サンホームのありえないほどよく汚れがおちるアリエールV8を使って手洗いしてくれても、トロンプ・ルイユ氏はもはや犬にも人間にももどれない。犬将軍としてクリストファー・ウォー犬の群れを従える笑う戦争の犬になる夢は潰えてしまった。

「経験」と「認識」をめぐる諸原則。アーモンドの香りは死の香り。
 これらの諸経験によってトロンプ・ルイユ氏はすべての実在を疑うようになった。トロンプ・ルイユ氏は正のベクトルを持つ実体を憎む。あらゆる認識は誤った認識であるとさえ思う。であるからこそ、トロンプ・ルイユ氏は存在と不在と非在の境界で舞踏する。死の舞踏だ。
 一瞬たりともやむことのないステップ。ダンス・ダンス・ダンス。ひと足ごとに死がやってくる。クロノスの大鎌をかざしながら。しかし、カッコイイというのはそういうことだ。
 突然死マニアのドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドとザッハトルテ好きのレオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの二人のSサイズMサイズ将軍が縄師と蝋燭師と鞭師と打擲師とラケット・スパンカーの一大旅団を引き連れて迫っている。あと三日もすれば漂泊浮沈のはずの都は徹底的に破壊され、蹂躙され、略奪の嵐が吹き荒れるだろう。もはやそれを止めることはできない。あの者の再臨までは。あの者   。魚のしるしを持つ者の再臨がいつのことになるのかはだれにもわからなかった。
 ルイユ一族の初代プロトン・グルペット・ルイユ公爵は虹色の館の尖塔部分に手を伸ばし、セクレを吹きかけ、引きちぎり、埃を払ってからゆっくりと口に運んだ。甘くほのかなアーモンド臭がしたあと、扁桃腺のあたりが自分の意思とは無関係に収縮をはじめた。無慈悲なほどの収縮は喉全体に及び、ついには肺が動くことやめた。吸うことも吐くこともできない。そのようにして、待ち望んでいた甘く馨しき死がようやくプロトン・グルペット・ルイユ公爵に訪れたのである。


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