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ボッテガ・ヴェネタの女#1

 

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「あなた、これを読んで人生について考えなおしなさいよ」
 そう言って彼女はボッテガ・ヴェネタの黒い編み込みトートバッグから『エミリーへの手紙』を取り出した。表紙や小口の傷みぐあいでかなり読みこんでいることがうかがえた。私は何年も前に『エミリーへの手紙』を読んでいたが、そのことは口に出さずに感謝の微笑を添えて受け取った。しかし、少なくとも私の世界においてはボッテガ・ヴェネタの黒い編み込みトートバッグを持つ女には『エミリーへの手紙』はふさわしくない。もちろん、私の「世界観」を彼女に表明することはしなかった。言葉でも表情でも。彼女の気分を害したくなかったからだ。それに『エミリーへの手紙』は父親の娘に対する思いやら愛情やら父親という存在がどこまでおめでたいかを知りたいときに読む本ではあっても、人生について考えなおすための本ではない。人生について考えなおすきっかけになる本ならほかにいくらでもある。たとえばいがらしみきおの『ぼのぼの』や吉田戦車の『伝染るんです。』や坂口安吾の『堕落論』やジョージ・バーナード・ショーの『人と超人』やラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世の『箴言』やオハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターの『賢者の贈り物』『最後の一葉』が。


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 受け取った『エミリーへの手紙』をぱらぱらとめくりはじめたとき、天井からだらしなくぶら下がっている薄汚れた白いBOZEからなぜか黒死館門外不出弦楽四重奏団が演奏するハイドンの『弦楽四重奏曲ホーボーケン番号第41番 ト長調 Vivace Assai』が聴こえてきた。
 ヴィヴァーチェ・アッサイ? とても活発に? いきいきと? 冗談じゃない。指一本動かすのだってしんどい。いきいきどころか死に死にだ。死ね死ね団だ。大日本帝国初代新所沢愚連隊に有り金すべてをカツアゲされたような気分だ。電車賃の果てまでだ。愛の戦士もレインボーマンも明日に架ける橋を渡ってとっくにいなくなっていた。
 ボッテガ・ヴェネタの黒い編み込みトートバッグを持つ『エミリーへの手紙』の女は悪意と憎悪に彩られた眼で私を見すえて言った。
「わたしはイマ/ココが重要で、あなたはイツカ/ドコカを夢みてる。でしょう?」
「まあね。きみの言うとおりだ」
「ということは、わたしたちはもういっしょには歩けないってことよ」
「まったくきみの言うとおりだ」
「明日の朝には出ていってちょうだい。きれいさっぱり」
「うん。そうするよ。実は引っ越しの手配はすでに済んでるんだ」
「あら。手回しのいいこと。ついては」とボッテガ・ヴェネタの黒い編み込みトートバッグを持つ『エミリーへの手紙』の女は言ってサン・ペグリノのボトルからじかに水を飲んだ。「ついては、お互いの問題点をあげつらいあうことにしたいと思うの。この2年半の問題点を」
「お互いの問題点をあげつらいあう? なんのために?」
「馬鹿馬鹿しいにもほどがある2年半になにかしらの意味を見いだしたいからよ」
「なるほど。いいよ。でも、きみの問題点を言いだしたら2年半でも足りないと思う」
「それはこっちの台詞だわ」
 こうして、うんざりするほど無意味で不愉快で悪意と憎悪に満ちた反省会(反省会だって?)は始まった。




     
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