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人生のエアロダイナミクスとプラネタリウム・デイズ

 

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 人生でもっとも重要なのは空力だ。人生のエアロダイナミクス。そのことを証明したのがF1宇宙の空力大王、エイドリアン・ニューウェイである。エイドリアン・ニューウェイはことあるごとに言ったものだ。

 人間には一枚のシールもタグもステッカーもレッテルも必要ない。必要なのは風と翼とほんの少しの勇気と冒険心、そして、「ベルヌーイの法則」だ。それ以外のものはきれいさっぱり剥ぎ落とさなければならない。

 なるほど。まさにエイドリアン・ニューウェイの言うとおりだ。しかし、たいていの人間は風の谷の小さな村に住む風使いの少女をのぞけば風をまともに使いこなすことはできず、巨大で重い金属でできた喧しいうえに大めし喰らいの翼しか持たず、勇気は古臭い合い言葉として流通しているのみで、冒険心はティファニーとのダブルネームのロレックスのオイスター・ケースの中に閉じ込められしまった。熟練の牡蠣打ち職人がこじ開けようと試みても無駄だ。頑なになってしまったオイスター・ケースの心を開かせることは野村沙知代に品性品格を求めるのと同じくらい困難を極める。つまり、不可能である。「ベルヌーイの法則」に至っては「ベルヌーイの法則」以前の「エネルギー保存則」すらも理解していない者がほとんどである。吾輩のまわりを見渡しても「ベルヌーイの法則」について正確に説明できるのは虹子とミニチュア・セントバーナードのポルコロッソをのぞけばキクラデスの空飛ぶパン屋くらいのものだ。だから、人間は無駄なことばかりをするのだ。吾輩がそのことに気づいたのはエイドリアン・ニューウェイを知るずっと前、まだ世界やら人間やらにいくぶんかの信頼を置いていた昔々の大昔だ。
「同一流線上のエネルギーの保存則」を知らずに生き、呼吸し、摂取し、排泄し、生殖行為をし、眠り、飛行機に乗っていることが吾輩には驚異である。夕暮れの野毛山動物園に行きさえすれば容易に分け隔てなく「同一流線上のエネルギーの保存則」を理解できるというのにだれも夕暮れの野毛山動物園に行こうとしないばかりか、「夕暮れの野毛山動物園」の存在すら知らない者がほとんどだ。嘆かわしいかぎりである。

 吾輩はかつて、「夕暮れの野毛山動物園における幸福論」のための日々を生きた。「幸福」とはとんと縁のなかった吾輩が「幸福」について考えるのはとても厄介だった。それはマカロン・パリジャンを食べたことも見たこともない者が「マカロンとアマレッティのちがい」をピエール・エルメやダヴィド・オルデーに説くくらい厄介なうえに馬鹿げている。
夕暮れの野毛山動物園における幸福論」のための日々を生きても吾輩はひとかけらの「幸福」とも出会えなかった。しかし、吾輩は「夕暮れの野毛山動物園における幸福論」のための日々を生きることによってアシカとアザラシとオットセイのちがいがわからずに目をまわす不思議な少女と出会うことができた。彼女と出会えたことが吾輩の人生において最大にして最高の幸運であり幸福だったのだと気づくのはずっとあとになってからだった。アシカとアザラシとオットセイのちがいがわからずに目をまわす不思議な少女こそが虹子だ。


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 遠い日、小学校3年生の吾輩は1年間、毎日欠かすことなく桜木町駅から歩いて15分ほどのところにある紅葉ヶ丘の神奈川県立青少年センターに通った。そして、センター内のプラネタリウムで横浜の季節ごとの夜空を眺めた。休館日をのぞけばかならずだ。毎日見たところでたいしたかわりばえがないのはわかっていても、紅葉坂をのぼり、座り心地の悪い椅子に座り、作り物の星空を繰り返し繰り返し見る。愚かしく、滑稽で、馬鹿げているが、それが「こども」という得体の知れない生き物の愚直さであり、真摯さであり、特権である。いまから思えば、プラネタリウムはお粗末きわまりないものだったが、当時はみるたびに心ときめいた。
 吾輩が夢中になっていたのは、現在のハイテク満載のプラネタリウムのように全自動で制御されたものではないし、あらかじめ録音された声優による自動音声でもなかった。白衣を着た解説者がマイクを片手にリアルタイムで星のことや銀河のことや星座のことや宇宙のことを解説するのだ。解説者の話は実に巧みで、夢やら好奇心やらをかきたてられた。星に魅入られはじめていたその頃の吾輩にとって、彼は星博士であり、ヒーローであった。また、横浜の街並の360度パノラマの影絵などは、(縮尺率、スケールにひどい矛盾があったとはいえ)こども心にもせつなく感じられた。
 プラネタリウム観賞後はセンター内の科学ものの遊具、実験器具で遊んだ。フレミングの法則やベルヌーイの法則やアルキメデスの法則など、物理の基本法則を簡易に視覚化立体化した器具は好奇心の塊のような吾輩には実に魅惑的だった。そして、この経験によって吾輩は自然科学に関する基礎知識を身体でおぼえた。札付きの悪童、筋金入りの不良どもとの出会いとかかわりによって自然科学よりも人間学のほうがよりダイナミックで複雑でたのしく、刺激にみちていると知ることがなければ科学者を目指していたかもしれぬと思うこともあるが、そうはならなかった。悪童、不良どもとの出会いは精妙不可思議な「縁」がもたらしたのであり、その出会いが、吾輩の人生とやらのわかれ道となった。まことにけっこうなことであった。星々はめぐり、因果もまためぐるのだ。そして、そのような日々のただ中、プラネタリウムの帰りがけに立ち寄った夕暮れの野毛山動物園で吾輩は「人生のエアロダイナミクス」と出会った。


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  エイドリアンニューウェイ・ブルーの真実へ。そして、よみがえるプラネタリウム・デイズ
人生のエアロダイナミクス」は野毛山動物園のミツユビナマケモノの檻の前でゆっくりと揺れながら佇んでいた。出会った頃の「人生のエアロダイナミクス」はいまよりずっと痩せていて食べものにもほとんど手をつけなかった。「人生のエアロダイナミクス」はすべてにおいて無駄がなかった。人生のエアロダイナミクスのエイドリアンニューウェイ・ブルーに輝くからだはあざやかだったが、からだのまわりには趣味の悪いモスグリーンのBPエアがいつもまとわりついていた。人生のエアロダイナミクスの不幸はまちがいなくBPエアがもたらしていた。
 BPエアは本当に悪いやつだ。BPエアは20世紀世界において、少なくとも人生のエアロダイナミクスを不幸にし、多くの海の生き物たちを殺した。21世紀になったいまもだ。BPエアはいまも世界中にたちの悪い不幸をばらまき、世界を汚し傷つけ、眉ひとつ動かさずに殺戮をつづけている。「 エイドリアンニューウェイ・ブルーの真実」についてはEliane Eliasの弾く『Blue in Green』が夕暮れの野毛山動物園に聴こえはじめる頃に明らかにしようと思う。「エイドリアンニューウェイ・ブルーの真実」が明らかになり、世界に向けて解き放たれたとき、再び吾輩のプラネタリウム・デイズは夢の墓場からよみがえるのだ。

 TRUTH - T-SQUARE




     
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