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カサブランカ、酔いどれの誇り、人生、浅草キッド、Mよ

 

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 東京から春を告げる贈答が届いた。本と雑誌と酒、ホンホッケとシマホッケの一夜干し、鰆と鯖の西京漬け、筋子の一夜漬け。本は『フェルメールの秘密/イメージの森のなかへ』『かんがえるカエルくん』『ブルくんとかなちゃん』の三冊。雑誌は BRUTUS の特別編集版『合本 居住空間学』。そして、酒は「なにも足さない。なにも引かない。」のサントリー『山崎』の10年、12年、18年がそれぞれ2本ずつ。おなじく『山崎 SHERRY WOOD 1986』が1ケース6本。おなじく数量限定シリーズの「山崎 SHERRY CASK」「山崎 PUCHEON」「山崎 BOURBON BARREL」「山崎 MIZUNARA」がそれぞれ2本ずつ合計8本。おなじく『山崎35年』が1本。世界中のシングル・モルト・ウィスキーが手元に集まったような気分だ。今夜からでも酒場が開ける勢いである。ドイツ野郎のキャプテン・シュトラッサー以外なら誰であろうと飲み放題の大盤ぶる舞いだ。おっと。署長のルノーには金輪際ツケはさせないからな。なんなら、飲ませるのはソス・ド・ビシーだけにしてやる。店の名前はなにがいいかな。そうだ。『樽』がいい。簡潔。シンプル。シャープ。整合性もばっちりだ。


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 サントリーぎらいの吾輩も『山崎』だけは好きでよく飲む。そのことを贈り主はちゃんとおぼえていた。持つべきは察しと記憶力のいい友人だ。それと金利なし催促なし天井なしでカネを貸してくれるホトケさま。(悪)
 贈り主は泡の時代には敵の陣営に属し、権謀術数の限りをつくして吾輩と戦った人物だ。仮にMとしておく。五歳年上。大学は同窓。学部学科もおなじ。師匠もおなじ。出自、身の上も酷似していた。吾輩は母一人子一人で育ったが、Mは父子鷹だった。「手加減なし。容赦なし」という手法もよく似ていた。勝敗についてはいまさら言わない。Mもこれを読んでいるから。Mとの戦いにかぎって言うならば勝敗はほとんど意味を持たない。そしていまや、Mと吾輩は「勝った/負けた」というガキ小僧っ子の季節からはとっくのとうに卒業しているという寸法だ。あとは間尺に合わないことやおのれの流儀、誇り、プリンシプル、筋目、天然自然の理に背くもの、反するもの、踏みにじるもの、そういった輩やことどもと、それこそ百年に一度の「戦い」をするだけだ。それまでは風に吹かれて酒でも飲んでいるくらいがちょうどいい。


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 泡の時代の戦を経て、吾輩とMはしばしば会うようになり、「物理学における基本粒子」を言いっこしたり、頭突きっこしたり、ギネスを賭けて腕相撲したり、沈黙合戦したり、人文科学と社会科学限定の尻取りをしたり、ダブルアキュートとサーカムフレックスとオゴネクとセディーユとトレマとマクロンとコンマビローとブレーヴェとハーチェクとチルダの「チーム・ダイアクリティカルマーク」を相手に真夜中の新宿御苑で大立ち回りをしたり、人類史とアーサー王伝説と『ダニーボーイ』とクラウゼヴィッツの『戦争論』とジェームス・ジョイスとサミュエル・ベケットと「ティム・フィネガンはなぜ屋根から転落し、『フィネガンズ・ウェイク』の "フィネガンズ ”にはなぜアポストロフィーがついていないのか?」について、さらには「クォーク鳥が "クォーク"と3回鳴いた意味」についてちょっとした議論をし、「Life is a Work in Progress」という地点に落下傘なしでいっしょに着地し、最後には握手していい友人になり、ついにはかけがえのない戦友になった。Mがその後、父親の地盤看板鞄を継いで選良となったときは心の底から驚くと同時に嬉しかった。たぶん、あのときの言い争いと頭突きと腕相撲と尻取りと議論が彼の政治意識を目覚めさせ、高め、ついには彼を政治家にさせたのだ。そのことはわれわれの友情に一時的に終止符を打つ結果となり、「二人だけの聖パトリック・デー」の終焉をもたらしたが、なにひとつ悔いはない。
 

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 Mと最後に飲んだのは『山崎 SHERRY WOOD 1986』だった。いまはなき銀座8丁目の「BAR いそむら」で。その後、「BAR いそむら」が店じまいし、磯村のおやじの弟子の藤本がおなじ場所で新たに店を始めたからと誘われたが、吾輩はよんどころのない事情が山積していて行けなかった。Mよ、どうなんだ? 藤本の店は。縁があればまたいっしょに『山崎 SHERRY WOOD 1986』かグレンリベットの1972年で酔いどれようじゃねえか。

 こたびの選挙は残念だったな。まあ、しょうがない。次の次くらいに照準を合わせるのが得策ってもんだ。浪人中の面倒は吾輩がみる。いままで陽の当たる道ばかりを歩いてきたんだ。一度くらい男芸者の時期があってもいいだろう。そして、腰をすえて本を読み、さらに勉強し、ものを考えろ。宇宙と生命と人生の謎と不思議を解明しろ。おれはすでに3分の2ばかり解明できたぜ。「長い浪人生活、長い闘病生活、長い投獄生活のいずれかを経験するくらいの苦労をしなければ本物になれない」という”電力の鬼”松永安左エ門だか野村証券の奥村綱雄だかの言葉を吾輩に教えてくれたのは、M、おまえだぜ。
 どうあがいても、こたびの選挙で勝つことはできなかった。そして、そのほうがよかったんだ。しばらくは風向きが悪いからな。いまはおれたちが出張っていくときじゃない。雑魚どもに踊るだけ踊らせときゃいい時期だ。そして、最後に獲物と賭け金はすべていただく。それがおれたちのやり方だったろう? 忘れちゃいないよな?
 なあ、Mよ。決して焦るんじゃねえぞ。いいな? 賢いおまえのことだ。わかりすぎるくらいわかってるよな。答えなんぞ孕んじゃいないかもしれないが、しばらくは風に吹かれていろよ。風に吹かれるのはとても気持ちがいいぜ。流れに身をまかせるのもやっぱり気持ちがいい。ときどき立ち止まればいいんだ。ほんの少しだけな。風に向かったり、流れに逆らって前に進むのなんか百年に一度でいい。本当の孤独は百年に一度味わえばそれでじゅうぶんなんだ。その孤独に出会うまでは風に吹かれたり、風の歌に耳を澄ましたり、星に願いをかけたり、夕焼けに心をふるわせたり、雨粒の数をカウントしたり、虹の彼方に夢を託したり、野うさぎの走りに目を奪われたりしていればいいんだ。そのほうがずっとずっといい。ときどき立ち止まり、風の歌に耳を澄まそうぜ。そして、風のように生き、いつの日か風になろう。

 たった一人で炎の中心に立ちつづけようとする意志があるかぎり、なにもこわいものはない。風向きなんぞいつかかわる。パッとかわる。かえることができる。

 これがいまのところの俺がおまえに贈ることができ、贈りたい言葉だ。ありがたく受け取っておきやがれ。ただし、おまえも知るとおり、俺のギャラは高えぜ。隙を見せたら手加減なし容赦なしで尻のけばの果てまで一本残らず抜いちまうというのは昔も今もなにひとつ変わっちゃいないしな。どうだ? すげえだろう? これをして至誠一貫というんだ。おぼえとけ。


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 さて、今夜もひとり酒だ。1本あたり ISO 4217 CODE [EUR]1単位で手に入れた安ワインを2、3本空けたあとは、ホッケを一枚炙って、ビートたけしの『浅草キッド』でも聴きながら『山崎 35年』をちびちび飲るさ。Mよ、おまえも飲れ。酒の肴がわりの思い出やら悔やむ過去ならお互いに手持ちはいくらでもある。
 ちっ。妙に湿っぽくなってきやがった。寄る年並ってことかな。時間は残酷だな、Mよ。おっと。あの浅草観音裏の「佐久間」の夜がよみがえってきやがったぜ。おれとおまえ、二人そろって大敗北を喫して、二人の有り金あわせて四千三百円。だが、二人して大笑いしながらひと皿の芋の煮っころがしと牛スジの煮込みをつつき、安焼酎を2本あけた。見かねた「佐久間」のおふくろが焼酎を1本くれたうえに、あるだけの肴を喰わせてくれた。帰りがけ、三社様と観音様に二人ならんでお詣りしながら二人そろってぽろぽろ涙がこぼれた。傍で見ていた新門の若衆もいっしょになって泣いてやがった。しみる夜だったなあ。あれからもう20年だ。夢はとっくのとうに砕け散ったが捨てたとは言っちゃいない。おまえもだろう?

 Here's is looking at you, Kid!

 浅草キッド - ビートたけし

*Mよ、これは例の件の「報酬」ということでいいのか?『山崎 35年』はちょいとお高いんじゃなかったか?

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