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夏への階梯#4 『2000トンの雨』をめぐる冒険

 

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 七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと151日と6時間42分
 

 1978年のクリスマスに『2000トンの雨』を聴かなければ、強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフト・サイドで虹のコヨーテに出会うことはかなわなかったし、ディネの男とともに「炎の中心」に立てなかった。ディジュリドゥを楊枝がわりにしてウルルとカタジュタを飛び越えられず、1日に1ダースの「最後のセブンナップ」を飲みほすのは不可能だった。ボニーとクライドの悲劇の最期、「マシンガン・レイン」を見届ける勇気を持てなかったし、パンタグリュエリヨン草の葉の上で冷たい雨にうたれてふるえる黄金のカエル、ソバージュ・ネコメガエルのエクリの実存の最先端に触れられなかった。「ひとつの椅子とみっつの椅子」に座って、20世紀初頭にマレーヴィチュが 79.5cm × 79.5cm のキャンバスに漆黒の正方形を描いて以来、ずっと世界が孕みつづけている解読不能の「深層」、世界のありとあらゆるところに口をあけている 79.5cm × 79.5cm 的世界を覗きこめなかったし、「彼女のパピエ・コレ」のコレクションのひとつとして加えられなかったし、「Think of Nothing Things」が真実の扉、「デウス・エクス・マーキナー」の扉を開く呪文であると知ることもなかった。そして、なにより、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドで旅をつづけることはできなかった。
 それだけではない。風とピンボール・マシンと羊のみっつの悪意と憎悪と憤怒に満ちた襲撃に耐えられなかった。私は耐えた。持ちこたえた。私が耐え、持ちこたえることができたのは『2000トンの雨』が降らせた2000トンの雨のおかげだ。来る日も来る日も『2000トンの雨』が降らせる2000トンの雨に打たれることで私はタフでクールでハードボイルドになれたからだ。以来、『2000トンの雨』は私のテーマソングになった。そして、『2000トンの雨』を聴くたびに2000トンの雨に打たれた。
 実に色々な場所で2000トンの雨に打たれた。九龍城砦で2000トンの雨に打たれたときは伽羅の匂いにまみれた阿片の密売人どもをサンプーグワン・フォースで一網打尽にした。モンマルトルのテルトル広場につづく坂道の途中にある小さな葡萄畑で2000トンの雨に打たれたときはジャン・アンテルム・ブリアとの美食合戦に圧勝した。ヘミングウェイ・ツリーの水やりには絶対に2000トンの雨が必要だし、ディートリッヒ・スピンの回転速度を上げるためには2000トンの雨を3回連続でやらなければならない。私から『2000トンの雨』を取り去ったら、あとに残るのは不思議でも帰らない9月でも象牙海岸に無数にある涙のワンサイデッド・ステップでもない凡庸きわまりもないピーチパイくらいのものだ。

 そうだ。これだけは確かに言える。『2000トンの雨』がなければ生き延びることはできなかった。たとえ生き延びることができたとしても、アスファルトにへばりついたリグレーのチューインガムほどの価値もない退屈な日々が待っていたはずだ。まちがってもアマンド・ピンクのハイヒールを朝と昼と夜の3回、毎日毎日産み落とすガラパゴス・ガールと恋に落ちることはかなわなかった。ガラパゴス・ガールはいまも薄紅匂う玄妙の道にアマンド・ピンクのハイヒールをせっせと産み落としている。奇跡の日々、奇妙な日常。フィアットの御曹司も、世紀のクール・ビューティーの孫、モナコのドラ息子もうらやむ日々と日常だ。

 石と氷晶としてのマグリット世界の北門の入口で石をみつめる少女、ノヴァーリス・ガールと話しこんでいるときだった。石をみつめる少女は何者かからの命令を受けたような表情で突然たずねた。

「2000トンの雨というのはなんですか? それはどれくらいの量なんですか?」

 実に的確で容赦がなくて手加減のない質問だった。私は石をみつめる少女に気づかれないように唾を飲み込み、虹のコヨーテの尻尾を3度踏み、黄金のカエルの脇腹にある白く浮き出た疣状の筋をそっと撫で、冬眠を忘れた熊に一本背負いとジャーマン・スープレックスを立てつづけにくらわせ、苦悩するビーバー・カモノハシにバービー・カモシダジョー人形を抱かせ、呪われたアルマジロのうす桃色の甲羅を3回ノックした。そして答えた。

「2000トンの雨というのはね、自分の才能に見切りをつけたときに流す想像もつかないほど大量の涙の総量のことだ。ノアの方舟はその涙の海を航海した。そのときに記された航海日誌は航海7日目の朝、オリーヴの枝とともにきらめく涙の海に流されたと言われている。航海日誌の別名は『COBALT HOUR』。1975年6月20日、芝浦の東、通称EMIポイントで年老いたカジキ漁師によって偶然発見された」

 私の答えを聞いた石をみつめる少女はヒマラヤ矢車菊のような深いブルーの輝きを放ちはじめた。そして、まばゆい笑顔をみせると天空へ翔けのぼっていった。2006年の秋のことだ。以来、石をみつめる少女の行方は杳として知れないが、きっとどこかでヒマラヤ矢車菊のような深いブルーの輝きを放ちながら道ゆく人々に「的確で容赦がなくて手加減のない質問」を投げつけていることだろう。ときどきは彼女も2000トンの雨に打たれているかもしれない。2000トンの雨に打たれてさらにブルーの色合いを深めているかもしれない。「いつか銀河系宇宙一のブルーサファイアになる」という石をみつめる少女の夢がかなっているなら、これ以上よろこばしいことはない。そうであればいい。この腐った世界にひとつくらい美しいものがあってもいいはずだ。

 山下達郎の顔面状況はどうしようもないけれども、いっさいの救済案を台無しにしてしまうけれども、2000トンの雨を降らせたという一点において、彼は私の人生に一筋の光明を垣間見せた。『2000トンの雨』のおかげで細々とだが私の人生の日々には一筋の光がいつも射していた。
 人生は緩慢で気色悪く、頻繁に脱輪し、あちこちに落とし穴が息をひそめていて、おまけに報酬はたかがしれている。それでも、そうであっても、いつか2000トンの雨がすべてを洗い流す。残る問題は「12時19分03秒」だ。

 2000トンの雨 (2003 New Vocal Remix) - 山下達郎


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