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The Scene #1 デボラの舞い

 
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 人生の大半が友情と裏切りとカネと愛と力と性と喪失でできあがっていることに気づくのに30年かかった。20年以上も前のことだ。友情と裏切りとカネと愛と力と性と喪失を描いた映画が『Once upon a time in America』である。「おとなのいい男」「おとなのいい女」になりたい者はみるがいい。「永遠の少年」でいたい者がみてもなにがしかの参考にはなる。見終わったあと、いくぶんか人生の深さやら友情の儚さやら裏切りの痛みやら愛の意外さやらについて理解を深めている自分に気づくはずである。ただし、へっぽこ編集屋の上げ底たっぷりの計略にまんまと乗せられて、「ちょいワルオヤジ」だのという愚にもつかぬステレオタイプを気取るようなおっちょこちょい、恥をしらぬ輩が何百回、何千回みたところで感動も理解もできまい。時間の無駄であるからやめておくがよかろう。(「ちょいワル」だあ? ワルならワルに徹したほうがよっぽどかっちょいいんじゃねえのか? つまりは、「ちょいワルオヤジ」てえのは悪党悪漢になれない半端人足のことだろう? まったく笑わせやがる)
『Once upon a time in America』は志ある者、道なかばにして弊れた者たちのための映画、鎮魂歌である。すくなくとも人生のいかなる局面であれ、事情であれ、大事であれ、些事であれ、「最大公約数」を出処進退の基準にするような腰抜け腑抜けがみる映画ではない。

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 主人公の少年マイケルはある日、初恋の相手デボラが倉庫の一隅でバレエのレッスンに打ち込む姿を夢見心地で盗みみる。いつか潰える夢だとも知らずに。このシーンは何度みても、甘くせつなく、夢でもみているような気分になる。監督のセルジオ・レオーネはこのシーンをこそ撮りたかったにちがいない。「デボラの舞い」のシーンこそが若く、未成熟で、夢やら希望やらに満ちあふれていたアメリカを象徴しているように思える。「昔々、アメリカで」と。
「宝石のような秘密の場所」を年老いたマイケルは再訪する。覗き穴から幻の「デボラの舞い」をみるマイケル。このとき、マイケルの眼はうるんでいる。うるんではいるが涙は一滴もこぼれない。もはや涙は枯れ果てているからだ。数々の裏切りと喪失と困憊によってマイケルの心は石ころになってしまったのだ。救いなどない。慰藉もない。しかし、それが大方の人生であり、成熟というものだ。

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 夢はこどものときに砕け散る。粉々に砕け散るのだ。例外はない。しかし、夢がとっくの昔に砕け散っていたことに気づくのに何十年もかかる。気づいてからのちは、粉々に砕け散った夢のかけら、断片をひとつひとつひろい集め、つなぎあわせ、頬ずりし、そっと口づけ、数知れぬ溜息をつき、夢の墓場に埋め、あきらめきれずに掘り起こし、さらに埋めもどし、そして疲れ果ててゆく。成熟するというのはそういうことだ。
 実現の道筋なき「わたしの夢」「わたしのしあわせ」とやらを得々として吹聴しつつ、おべんちゃら、きれいごと、要領三昧狡猾にまわりの顔色ばかりをうかがいながら「最大公約数」「最大多数の最大幸福」などと臆面もなくほざき、極楽とんぼ能天気に生きてきた者が成熟などしようはずがない。そういった輩どもの上げ底、メッキのまやかしポンコツぶりは目を覆いたくなるほどだ。まやかしはさらなるまやかしを呼び、ポンコツどもはさらなるポンコツと群れるという醜悪きわまりもない図。
 好きなものを好きと言い、嫌いなものを嫌いと言う。ただそれだけのことをなぜためらう。好きなものを好きと言い、嫌いなものを嫌いと言っていれば敵は増え、世間は狭くなり、つまりは生きづらくなる。生きづらくはなるが、いさぎよい。清潔だ。汚いより清潔なほうがよほど気持ちよくはないのか? もっとも、熟したからといって甘いわけではない。それどころか苦いばかりである。甘ったるいのがお好みの御仁は天国に一番近い島あたりで余生を送ることを夢みつつ、汲々として日々を、暮らしをやりすごすがいい。夜毎、総天然色の夢がみられるはずである。うらやましいかぎりだ。

 砕け散った夢、疲れ果てた心に『Once upon a time in America』はいくぶんかの慰めをあたえてくれる。時間をかけ、10年に1度ほどのペースで何度でも繰り返しみるに値する映画である。みるたびに新しい思い、別の思い、忘れかけていた思いがみつかるはずだ。平均寿命まで生きながらえたとして、吾輩の場合だとあと2、3度みれば THE END とあいなる。そのようにおのれの人生を計測してみるのも一興である。蛇足だが、エンニオ・モリコーネの音楽がすこぶるいい。

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