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スタンドバイミーの男#3 最後のセブンナップ

 
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ハンセンは本牧のPXの前でみつかった。ハンセンはちょうど映画館から出てきたところだった。ポップコーンおばさん特製の溶かしバターがたっぷりかかったペンティ・サイズのポップコーンを貪り食いながら。ハンセンはかなりの肥満児だった。太っちょハンセン。フトハン。それがイージー・ライダーズにおけるハンセンの正式の呼び名となるのは2時間後だ。

「ハンセン! ちょっとこい!」

ハンセンはきょとんとした顔でITを見る。当然だ。見ず知らずの人間に自分の名前とはちがう名前で呼ばれたんだから。

「はやくしろ!このうすのろデブ! 日が暮れちまうじゃねえか!」

ITが怒鳴るとハンセンはポップコーンを撒き散らしながら猛ダッシュでわれわれのところにやってきた。

「あのう、ぼく、ハンセンじゃないよ。人ちがいじゃない?」

ハンセンは息を切らしながら言った。そして、両手を膝につき、頭を低くうなだれる。

「いいや。おまえはきょうからイージー・ライダーズのハンセンだ」
「わけがわからないよ」
「わからなくていい。重要なのは感じる心だ。わかるな?」
「うん。よくわからないけど、とにかく感じる心なんだね、重要なのは。いま見終わった『明日に向かって撃て』の中でもサンダンス・キッドがおなじようなことを言ってたよ」
「そうだろう。おれがサンダンス・キッドの坊やに教えてやったんだからな」
「え!? それ、ほんと?」
「おれはうそとおまわりと算数とリトマス試験紙と先公が大きらいさ」
「でもさ、ぼくはハンセンじゃないんだよ、ほんとに」
「物わかりのわるいやつだな、おまえは。いいか? おまえはいまのいままではハンセンじゃなかった。それはおれも認めよう。しかし、おれに出合った瞬間におまえはハンセンになったんだ。わかるな? そして、これからの人生はイージー・ライダーズのハンセンとして生きていくんだ。自由にワイルドにクールに」
「やっぱりよくわからないけど、なんだかカッコイイな。自由でワイルドでクールなんて」
「だろう? それじゃ、イージー・ライダーズのメンバーになった手始めにバイクを1台かっぱらってきてもらおうかな」
ITが言うとハンセンは飛び上がって驚いた。
「盗むの? 警察につかまっちゃうよ。ブタ箱に入れられるのはいやだよ」
「情けないやつだ。ブタ箱ごときでブルかみやがって」
「そう言われてもいやなものはいやだ」
「自由にワイルドにクールに生きるチャンスを逃すのか? おまえはそれでいいのか? フトハン」
「なに? フトハン?」
「太っちょハンセンだからフトハンだ」
「ひどいなあ。それよりさ、盗まなくたってバイクならうちに何台もあるよ」
「なに!?」
「ぼくんち、新聞屋なんだ。あれ? きみのそのスーパーカブ、朝日新聞のじゃないか」
「そうだ。おれんちも新聞屋だ」
「ぼくんちは毎日新聞だよ!オーケイ。わかった。ちょっと待ってて。すぐに1台持ってくるから」

太っちょハンセンはそう言い残して駆け出した。私とITは太っちょハンセンの丸い背中を見送りながら大笑いした。太っちょハンセンは何度も転びそうになりながら懸命に走り、走りながらときどきポップコーンを食べ、本牧の「フェンスの向こう側のアメリカ通り」に溶かしバターのたっぷりかかったポップコーンを撒き散らした。1970年代初頭におけるもっともファニーかつファンキーな光景だったといまにして思う。

「『明日に向かって撃て』はみたか?」
「うん」
「みたくなったな。フトハンが戻ってきたら三人で一緒にみよう。そのあとはフォートでビリヤードをやろう。イージー・ライダーズ結成のお祝いに」
「いいね」

ITに答えながら、私は初めて『明日に向かって撃て』をみた夏のことを思いだしていた。


『明日に向って撃て!』は小学校5年生の夏休みに横浜本牧のPXの映画館でみた。まだ「フェンスの向こう側のアメリカ」があった頃だ。だだっ広いPXの映画館を出て、私はよく冷えたセヴンナップを飲みながら根岸までひたすら歩いた。そうとでもしなければ『明日に向って撃て!』のラスト・シーン、ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションから永遠に逃れられないような気がしたからだ。

夏の盛りの太陽は残酷で容赦なく、私の中のなにもかもを焼きつくそうとしているかに思われた。ボリビア国軍に真っ正面から突っ込んでゆくブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが繰り返し繰り返しどこまでも青い夏の空の中に大写しで見え、『Raindrops Keep Fallin' on My Head』のリフが頭の中で鳴りつづけた。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのストップ・モーションが次のストップ・モーションに切りかわるたびに、私は私の手の中で冷たい汗をかき、みるみるぬるくなっていくセブンナップを飲んだ。そのようにして、私は私の『最後のセブンナップ』を飲み終えた。

『明日に向って撃て!』をきっかけに、私はいわゆる「アメリカン・ニューシネマ」にのめり込んだ。これ以後の数年は1980年代後半とならんでもっとも映画をみた時期でもある。B.J. トーマスが歌う主題歌の『雨に濡れても』は私にとっては、私の「されど我らが日々」を象徴する楽曲でもある。いまでもときどき聴くが、そのたびにやさしくなつかしい気持ちになる。二度と取り戻すことのできないものほど甘くせつなくやさしくなつかしい。

ポール・ニューマン。私の「青春」のある部分の象徴だった。2007年の引退会見をみて、「その日」が近いことはわかっていたが、2008年9月26日、いざ実際にポール・ニューマンの死の報せにまみえると、心がざわついた。ポール・ニューマンは私の少年時代と青春時代のど真ん中で、何者にもなりかわりようのない目映い輝きを放って存在しつづけていたからだ。

ポール・ニューマンは私の、だれにも触れさせない、もっともやわらかく、もっとも輝き、もっとも希望に満ちていて、しかもとりとめなく、あてどない部分と確実に繋がっている。それらは宝石と呼ぶにふさわしい。数年後、そのすべてが粉々に砕け散ったとしてもだ。

ポール・ニューマンの出演作品はすべてみているが、中でも取り分けて印象深く忘れがたいのが『明日に向って撃て! Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)』『ハスラー The Hustler (1961)』『スティング The Sting (1973)』の3作品だ。

ポール・ニューマンはその活躍ぶりと知名度にもかかわらず、長くアカデミー主演男優賞には縁がなかった。ノミネートされるもののずっと受賞をのがしつづけた。ポール・ニューマンの社会運動家としての(アカデミー主催者からすれば「影」ともいえる)キャリアが受賞を阻んだのではないかという穿った見方ができなくもないが、そんなことはもはやどうでもいい些末事にすぎない。ポール・ニューマンは死んだのだし、ポール・ニューマンはスクリーンの中で永遠に生きつづけるのだから。しかも、いつまでも若くせつないままに。

明日は久しぶりにセブンナップを飲んでみよう。「最後のセブンナップ」はとうの昔に飲み終えたが、それとはまたステップのちがう別のセブンナップを。いまなら、『明日に向って撃て!』をみてもあのストップ・モーションに搦めとられる心配もあるまい。あの遠い日の夏に私を襲ったストップ・モーションは「最後のセブンナップ」といっしょに飲み干してしまったんだから。


B.J. Thomas - Raindrops Keep Fallin' on My Head

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