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風にそよぐMac

 
Steve Jobs02_800PX

 スティーブ・ジョブズ死して492日。その死と生の意味をそろそろ考えられるようになったかと思ったが、やっぱりだめだ。まだ早い。スティーブ・ジョブズについては吾輩にはまだ「語りつくせぬこと」が多すぎる。語りつくせぬことについては沈黙しなければならない。
 100年後、2013年2月9日現在においてこの世界に存在する人間のあらかたは死んでいて、もはや存在しない。生まれたての赤ん坊も含めてだ。100年後の世界の人びとはインターネットとアップル・コンピュータとMacとスティーブ・ジョブズについてどのような感想を持ち、いかなる評価を下すのか。
 インターネットとアップル・コンピュータとMacとスティーブ・ジョブズは世界と人間と知のありようをまちがいなく変えた。世界と人間と知を前進させた。その前進が地獄への道行きであったとしても前進は前進だ。退却ではない。毀誉褒貶は様々だろうが、「大いなる前進」であったことは確かだ。
「変化」という点において言うならば、ここ20年は過去の100年、200年、あるいはそれ以上にも匹敵すると言っていい。モノや移動や関係や国家や情報、さらには世界、人間の意味すらが変わってしまった。国境の意味も失われつつある。
 J.M.フコ流に言うならば、それまでの世界や人間や価値の概念は「砂上の楼閣」が打ち寄せる波にかき消されるようにきれいさっぱり解体された。解体されたことに気づかぬ鈍ら者はいるし、解体されたことに気づきながら知らぬ存ぜぬを決め込む太々しい守旧派も多い。厄介なのはそのような者たちが「カビの生えた権力の座」に居座っていることだが、それも時間の問題だ。「解体以後の世界」への流れはもうだれにも止められはしない。王蟲の怒濤の死の行進をだれも止められないように。青き衣を身にまとった「その者」が果たして現れるのか、「その者」が「魚のしるしを持つ者」であるのか、「その者」が人間を世界を「青き清浄の地」へと導いてくれるのかはいまの段階ではわからない。そうあればいいが。「その者」の降り立つ金色の野が地上にまだ残っていればいいが。
 いまの段階で「リアル」と呼ばれている世界がいつまでリアルさを持ちつづけられるのかさえわからなくなってきている。リアルさと世界性ということで言うならば、リアルな世界より「ヴァーチャル」と呼ばれる世界のほうが遥かにリアリティと世界性を持っているというのが吾輩の考えだ。そして、吾輩がひそかにその実現を願う「一大スペクタクル」は、現在の段階でリアルと言われる世界ではなく、ネットワーク、ヴァーチャルで起こる可能性のほうが高いだろう。
 これから起こることは「東西冷戦の終結」や「ベルリンの壁崩壊」とはスケールもレベルも質もまったく異なる。その一大スペクタクルをこの目で見届けられるかどうかは吾輩に残された持ち時間から勘案して微妙なところではあるが。時間というのはまことに恨めしいものだ。
 できうれば、100年後、200年後、さらには1000年後の人々にはそのことに対する評価をしてもらいたいものだ。動きつづけ、前進しつづけるものにしか力は宿らないのだということについての評価を。

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 Appleの印象的なキャッチ・コピーを思いだす。Think different.
 反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるでちがう眼で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの魂は叫ぶ。「どこでもいい、この世の外でありさえすれば!」
 彼らに心を打たれる人がいる。反対する人も、賞賛する人も、貶す人もいる。しかし、彼らを無視することはできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはときにクレージーと呼ばれるが、まぎれもない天才だ。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが世界を変えることができる。Think different. の思想はまだ有効だ。

 大昔の『MAC POWER』の記事で、自転車に乗って走り抜けるビジュアルをメインにしたMacの広告を見たことがある。一筆書きの爽やかで軽やかなイラストが印象的で、Macの商品ポジショニングを表現することに見事に成功した広告だった。自転車で、風を切って。まさにMacだ。
 Macを使うということはコンピュータに当然のように課せられた任務とは離れて、ひとつの「生き方」である。そもそも、コンピュータ文化が「自分のためのカウンター・カルチャー」を創造する武器として誕生し、育ったことを考えると、それは、宿命的にアバンギャルドたらざるをえない。ラジカルであり、ポップであること。それがMacの使命でもあるだろう。単に表計算や文書作成やウェッブ・ブラウジングやデータ管理を行うのなら、Windowsマシンのほうが価格も安く、対応しているソフトだって圧倒的に数が多い。しかも、アプリケーションの最新バージョンは、これはもうまちがいなくWindowsバージョンが先にリリースされる。Macはいつも後まわしだ。しかし、そのこととMacを選択することとはあまり関係がない。もちろん、迷うことだってある。Macはすぐにフリーズするとか、そういう「伝説」「神話」とは別に、単にソフトやハードのラインナップ、対応状況を考慮すれば、当然、Windowsマシンに軍配が上がるからだ。Macを使うということは、それは何割増しかの出費を覚悟しなければならないことも悩みのひとつだろう。だが、吾輩はそれでもなおMacを選ぶ。効率や原価計算や利益率や市場占有率などの「資本主義的論理」でくくれないところにMacは在る。そして、これからも在りつづけることができたなら、いつか、気持ちのいい風に吹かれながら、吾輩はMacとともに、より美しい言葉で「世界」について語りだすだろう。会うことも言葉を交わすこともかなわなかったスティーブ・ジョブズの生と死についても。

 残されたいくばくかの日々よ、貧しくあれ。貪欲であれ。愚かであれ。ジョブズはディスプレイ、タッチパネルの向こう側からじっと見ている。聞き耳を立てている。




     
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