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言いだしかねて/バレンタイン・デイの思い出

 
 
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クリフォード・ブラウンの『I can't get started with you』を聴くたび、ある光景がよみがえる。私は高校2年生で、同級生の女の子と恋をしていた。彼女は歯医者の娘で、スレンダー&クールな美人で、生徒会の役員で、「死んじゃう」が口ぐせで、おまけに歌がうまかった。彼女が身につけているものはどれもとびきり上等なものばかりだった。うまいことおだて、すかし、口車に乗せて、ずいぶんといろいろなものをせしめた。せしめはしたが、私の彼女への恋心のごときものは純粋無垢だった。たぶんそれは、彼女も同じだったと思う。

晩秋の夕暮れの三渓園。女の子はかすかに声を震わせながら言った。

たとえあなたがギャングでも勇気をもって愛します。

彼女のこの言葉はいまでも私を勇気づける。

女の子はなにかというと、「死んじゃう」と言った。

「パパにバレたら、わたし、死んじゃう」
「ちゃんと学校に来てよ。来てくれないと、わたし、死んじゃう」
「もうほかの学校の子と喧嘩するのはやめて! あなたがケガしたら、わたし、死んじゃう」
「学食のごはん、まずくてまずくて、わたし、死んじゃう」

こんな具合だ。奇妙なことに、一度としてその女の子は死ななかったが、われわれの恋は夏休みを目前に終わりを告げた。さよならは短い死である。私はこの失恋によって「死」を思い知った。死んじゃったのは、女の子ではなく、私のほうだった。

バレンタイン・デイの朝、その女の子は大きめの紙袋を大事そうに抱えて下駄箱で私を待っていた。

「なんだよ、これ。荷物になるからいやだよ」
「恥かかせないで。黙って受け取って」

女の子は元町POPPYの紙袋を私に押しつけると、教室へものすごい勢いで走っていった。その日、彼女は日直で、2時限目がすでに始まっていたのだ。私はわが物顔で連日のように遅刻をぶちかましていたからいいが、彼女は模範的な生徒として学校内に知らぬ者はいない存在だったから、さぞや気をもみながら私を待っていたことだろう。いま思いだしても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。POPPYの紙袋の中身は手作りのお弁当と不二家ルック・チョコレートとクリフォード・ブラウンのLPレコードだった。

昼休み。いつものように屋上で一服していると女の子がやってきた。

「お弁当どうだった?」
「どうってことねえな。ぎりぎり合格ってとこだ」

私が言うと、女の子は白い喉元を見せ、気持ちよさそうに笑った。

家に帰り、ソニーの安物のポータブル・プレイヤーでクリフォード・ブラウンのレコードをかけた。レコードはマックス・ローチとの共演盤で、オレンジ色の地にトランペットとドラムスのイラストが描かれていた。しばらくレコード・ジャケツをながめ、注意深くレコード針を落とした。

I can't get started with you. 言いだしかねて。

クリフォード・ブラウンのトランペットの音色、自在なインプロヴィゼーションに心を奪われた瞬間だった。10回以上、繰り返し聴いた。そして、この日を境に、私はクリフォード・ブラウンにのめりこんでいった。

晩秋の夕暮れの三渓園で私の胸の中で「たとえあなたがギャングでも勇気をもって愛します」と言い、バレンタイン・デイのチョコレートに添えられたメッセージ・カードに「いつもあなたに夢中よ。あなたのことがわたしの中からあふれてしまいそうです。おかげで英語の成績がすこし下がりました」と書き記し、私をクリフォード・ブラウンに出会わせてくれた女の子との恋は、秋と冬と春の季節みっつ分で儚くも終わりを告げたが、いまでもクリフォード・ブラウンの『I can't get started with you』を聴くと私は考える。「女の子はいったい私になにを言いたかったんだろう?」と。

おそらく、彼女は「喧嘩と遅刻はやめて」と言いたかったのだろうが、彼女は言わず、私は喧嘩も遅刻もやめず、われわれの恋は終わった。この恋の終わり方について言いたいことはいくつかあるが、数えきれぬほどのガラクタどもとともに胸の奥にしまっておこうと思う。誰にだって言いたくないことや言いだせないことや見られたくないことや聴かれたくないことや触れられたくないことのふたつやみっつあるものだ。

『I can't get started with you』のイントロでしゃべっているのはマックス・ローチなのか?


(背景音楽:Clifford Brown 『I can't get started with you』+ Benny Golson ほかによる 『I Remember Clifford』)






     
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