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ボンベイ・サファイアの夜はふけて#1

 
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 ボンベイ・サファイアを飲みすぎて酩酊し、ポンペイに行くつもりがムンバイに行ってしまい、いまではカルカッタで猟師の親方をしている男の話である。
 男の名はタカノ・キリマンジャロ・ノブオ。1951年の春、パパ・ヘミングウェイに同行してハンティングに来ていたユダヤ人宝石商によってキリマンジャロ山の山頂近くでひろわれた。タカノ・キリマンジャロ・ノブオは生まれて間もない赤児だった。背中一面に飛翔する龍に似た痣があり、顔はあきらかに東アジア系のモンゴロイドのものだった。もちろん、名前はない。「タカノ・キリマンジャロ・ノブオ」という名は養父となったユダヤ人宝石商が熊沢天皇の末裔を名乗るインチキ占い師の熊沢潤沢のお告げを受けて命名したものだ。熊沢潤沢は現在、西麻布で妖しげな読書喫茶室をやりながら、頭のネジが3本ほど抜けた者たちを相手にあいかわらずインチキ占いをして小銭を稼いで食いつないでいる。自分の頭のネジが足りないと思う者は近づかぬがいい。ろくなことはない。ロクマだけに。ろくでなしのロクマに関わってもろくなことがないのは火を見るよりも明らかだ。
 さて、タカノ・キリマンジャロ・ノブオの話に戻る。吾輩がタカノ・キリマンジャロ・ノブオと初めて会ったのは1988年の夏の盛りである。場所は東京弁護士会館地下の食堂街、通称”べんちか”のしょぼくれた洋食屋「メトロ」だった。吾輩はその日、当番弁護士としてタカノ・キリマンジャロ・ノブオと面談することになっていた(吾輩にも弁護士の時代があったのだ。ごく短期間だが。5年そこそこで、さるやんごとなきお方に関わるよんどころのない事情によって懲罰委員会にかけられて懲戒され、弁護士資格を失ったわけだが、なにか?)。タカノ・キリマンジャロ・ノブオはちんけな取り込み詐欺事件を起こして逮捕され、たまたま吾輩にお鉢がまわってきたというわけだ。すべては時の運だった。
「若えな」
 それがタカノ・キリマンジャロ・ノブオの第一声だった。
「おまえもな」
 それが吾輩の第一声である。
「ため口かよ」
「ため口だよ」
 タカノ・キリマンジャロ・ノブオがやや怯んだのを吾輩は見逃さなかった。
「弁当持ちのあんたがダブル執行猶予をもらえるかどうかはおれの活躍次第なんだが、どうする?」
「よろしくお願いします」
「いい子になる?」
「はい」
「声が小さい!」
「はい!」
 昼時で「メトロ」は満席で、いた客の全員が吾輩たちを見た。客の一人にインチキ電話裁判官のカメガシラもいた。
「さて、弁護方針だが」
「はい」
「ない」
「え?」
「なんにも考えてない。手持ちの札はブタばっか。どうする?」
「どうするって言われても」
「だよな。当然だ。そこで相談だ」
「はい」
「あんた、キリマンジャロの山の上でひろわれたんだよな?」
「はい」
「それを使おう」
 吾輩が言うとタカノ・キリマンジャロ・ノブオの目に光が灯った。




     
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