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前へ!/ダニーボーイの約束

 
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 わが息子よ。ダニーボーイよ。成人おめでとう。月日が経つのは早いものだ。君との付き合いも20年になる。4254グラムで生まれた君は、いまや187センチ、100キロを超える筋骨隆々の偉丈夫である。さすがタイガー・ジャージーのフロント・ローだけある。君を見ていると悲願の大学日本一奪還もまんざら夢ではないような気がする。
 君は高校生となったある朝、「ラグビーをやる」と宣言した。うれしかった。おじいさんから数えれば、親子三代にわたるラガーマンの誕生になるからだ。怪我で潰えた夢を君に託した。ラグビー・フットボールに明け暮れる君はみるみる逞しくなっていった。2009年秋、全国高校ラグビー東京都第二地区大会の準決勝、高校生活最後の公式戦。君のチームは記録的な大敗を喫した。ノーサイドの笛が鳴り、君は土ぼこりの舞うグラウンドにうずくまり、声を上げて泣いた。君の肩が激しく震えるさまを私は生涯忘れることはあるまい。
「ひとつの青春が終わった気がします」と君は言い、応援に駆けつけた父兄に深々と頭を下げた。立派だった。わが息子ながら誇らしかった。しかし、君の消沈の日々はしばらく続いた。痛々しかった。思いだすたびに胸の奥が疼くが、およそ人生に起こりうることのすべては自分自身で引き受け、乗り越えていかなければならない。人生とはそういうものだ。だから、前へ!
「いつかいっしょに酒を飲んで、『ダニーボーイ』を歌いたいんだ。それまで生きてると約束してくれ。酒もタバコもやめてくれ」
 長年の不摂生と過度の飲酒が原因で肝臓を傷め、病床に伏せる私の枕元で君は言った。三年前のことだ。『ダニーボーイ』を子守唄がわりに聴かされたことを君がおぼえていたとは思えないが、不覚にも涙がこぼれかけた。うれしかった。
「わかった。約束する。おまえも約束してくれ。いつの日かラグビー・フットボールの聖地、アームズ・パークのピッチに桜のジャージーを着て、オール・ジャパンのフロント・ローとして立つって」
「約束するよ。必ず約束する。いまはなきアームズ・パークの名にかけて」
 以来三年。順調とまでは言えないが健康を取り戻しつつある。君とスクラムを組めるようになるまで、あと少しである。私自身も、「前へ!」だ。
 練習を終えた君が帰宅したとき、テレビのニュースでは全国各地の荒れる若者の模様を伝えていた。礼儀作法をわきまえぬ傍若無人な若者がいることは事実だが、そのいっぽうで、目標達成のために真剣勝負の日々を生きるひたむきな若者がいることもまたまぎれもない事実だ。そして、君を含めた君たちの世代がやがてこの国を担うようになる。だから、この国も「前へ!」だ。
「飲みにいこう」
 風呂から上がった君に声をかけた。君は弾けそうな笑顔をみせた。大通りを挟んだ路地にあるおでん屋に向かった。
 夕べの酒はうまかったな、ダニーボーイよ。君と酌み交わす初めての酒だ。うまくないわけがない。思っていたより君が酒に強いので驚いた。「泣いてるのかよ、おやじ」と君は怪訝そうに尋ねたが、それはちがう。大根につけすぎたカラシがしみただけである。夕闇迫る真冬の東京のど真ん中。おでん屋を出て、すっかりひと気の失せた裏通りで君と歌う『ダニーボーイ』は格別だった。

 ダニーボーイよ、約束は果たしたぞ。次は君の番だ。
 



     
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