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アルマジロと宇宙と僕と#1

 
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 1980年代風クリスマスをめぐる寓話

 1988年冬。銀河系宇宙の片隅で僕はアルマジロと出会った。彼は呪われたアルマジロだった。

 銀河系宇宙の片隅で僕は30歳になろうとしていた。退屈きわまりもない30年。誰にもなりかわりようのない30年。30年という歳月が宇宙創生から現在に至る130億年の沈黙に匹敵するほど退屈であることを知るには30年かかる。少なくとも僕の場合はそうだ。
 そんなわけで、ヒメノくんと初めて会ったとき、僕は銀河系宇宙一退屈していた。ヒメノくんが待ち合わせ場所である青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチに2時間も遅れてきたことにすごく腹を立てていたうえに、年末進行の理不尽さとガールフレンドの裏切りと消滅が追い討ちをかけていて、僕は火にくべられたタスマニア・デビルみたいに機嫌が悪かった。
 ヒメノくんに会うなり、僕はヒメノくんの鼻っぱしらに拳骨をお見舞いしてやった。ヒメノくんは鼻腔から鮮血を滴らせながら、「ありがとう。呪われたアルマジロにとっては生涯最高のクリスマス・プレゼントだ」と爽やかさ満載の100QゴナDにヘルベチカの斜体を織り交ぜた笑顔で言い放ち、それから青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチで三点倒立をした。三点倒立をした途端にヒメノくんは中国製のように安っぽくて凡庸なクリスマス・ツリーに変身した。「噂どおりのやつだ」と僕は思い、ちょっとだけうれしくて3回鼻を鳴らした。このようにして、僕とヒメノくんの不思議なクリスマスが始まった。

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「マイク・タイソンとアイルトン・セナ。どっちにする?」とヒメノくんが突然尋ねた。
「麹町の聖イグアナ教会で考えようぜ」と僕は答えた。
「いと高きところには栄光、神にあれ。地上には平和、御心にかなう人にあれ。誉むべきかな、主の名によりて来たる者。 天のいと高きところに救いたまえ。ジョシアナ」とヒメノくんが言った。
「迷える子羊であるわれわれにはひときれのパンと葡萄酒とマイヤーズ・ラムあれ。世の罪を除きたもう主よ、 われらを憐れみたまえ。アニエス・ベー」と僕が言った。

 外堀を渡ってくる風に身を任せながら、僕とヒメノくんはマイク・タイソンの左フックとアイルトン・セナのヒール・アンド・トゥーの哀しみについて話し合った。もちろん、答えは出なかった。答えが出るはずのないことは僕もヒメノくんもわかってはいたけど、そのときの僕らにはなにかしら「答え」が必要だったのだ。
 必要と効用。たぶん、僕とヒメノくんはその狭間に落ち込んでいたのだといまはわかる。そして、その狭間から抜け出すために我々は出会ったのだとも。
「でも、そろそろ、呪われたアルマジロの本当の話を聴かせてくれないか?」と僕は言った。
「話は君が考えているほど単純じゃない」とヒメノくんは秀英社明朝みたいにきっぱりと答えた。「単純じゃないけど、すべてはクリスマスにつながってるんだ」
 ヒメノくんはそう言ってから、チャーリー・パーカーの『コンファメーション』のフレーズを口笛で真似た。聖イグアナ教会からギヨーム・デュファイの『ミサ・サンクティ・ヤコービ』の3声と4声が同時に聴こえてきた。同時に? なぜ? 謎だ。

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「宇宙を支配する巨大な意志の力」とヒメノくんは言った。ヒメノくんの顔はいくぶんか蒼ざめて見えた。小刻みに肩を震わせている。
「こわいんだね?」
「うん。すごくこわい。誰だってクリスマス・イヴにアルマジロに変身するのなんかこわいに決まってる。それに、アルマジロになると全身がごわごわしてすごく嫌な感じなんだ」
「いったいいつから?」
「そうだな。君が生まれるずっと前。700年くらい前かな。僕が宇宙を支配する巨大な意志の力の怒りを買って呪いをかけられたのは。正確には1288年11月26日の夕方。 後醍醐天皇が天孫降臨した日だ。その夜にはものすごい地震があった。あと大津波も」
「そして、その30年後、彼はスメラミコトとしてぶいぶい言わせはじめるわけだ」
「まあね。そういうこと。越の国、いまのベトナムではその年の春のバクダンの戦いで多くの人が死んだよ。ひどい戦争だった。蒙古軍は赤ん坊まで殺したんだぜ。八つ裂きにして。蒙古軍の指揮官のトゴンとウマルは本当にひどいやつだ。蒙古軍が全滅したのは当然だ」
 ヒメノくんは諦めと怖れの入り混じった複雑な表情で言い、深々と溜息をついた。マイヤーズ・ラムとカルーア・ミルクを7対3で割ったようなにおいがした。
「にわかには信じがたいな」
「信じがたいし、受け容れがたいし、理不尽きわまりもない。でも、これは厳然たる事実だし、まぎれもなく僕の歴史なんだ。ところで、生け捕りにされたウマルの最期がどんなだったか知りたい?」
「いや。クリスマス・イヴに聴くような話じゃなさそうだから遠慮しておく」
「そうだね。そのほうがいい」
 僕はヒメノくんを励ますかわりに『ヘヴン』を歌いながらフレッド・アステア風のステップを踏んだ。ヒメノくんは少し笑い、少し泣き、それから眼を閉じた。遠くで泡の弾ける音がして、世界は容赦のない沈黙に入った。
 
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