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1993年秋のロン・カーターとナンシー関と鼻行類的世界

 
 
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1973年の冬は横浜・本牧の小港にある船員相手のゲーム・センターでスリー・フリッパーのスペース・シップに合計17630円をつぎ込み、春までのあいだに73回のTILTを出した。15歳を3ヶ月ばかり過ぎたころのことだ。マスターベーションのベテランになりかけていて、陰毛がほぼ生えそろい、背筋力は180kg近くだった。私の数少ないヒーローだった近代ゴリラは私になんの断りもなく、1970年の秋の終りに市ヶ谷の軍隊の砦でみずから腹をかっさばき、情死を果たしていた。

人生が馬鹿馬鹿しいことにうすうす気づいたのもこのころだ。おまけに、しかも具合の悪いことに、私は母親ほども年のちがう理科の教師に恋をしていた。このことはリトマス試験紙の青/赤の意味を理解するより私を混乱させた。その混乱が実験室で母親ほども年のちがう理科の教師とひと冬のあいだ、ほぼ毎日セックスする事態を招いたのだと思う。問題は1993年のロン・カーターだ。

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1993年の秋の盛り、私はたしかにブルーノート東京にいた。ロン・カーターとジム・ホールのデュオを聴くために1週間酒を断ち、3日間臓物を断ち、さらには開高健に脅迫文まで送りつけた。私が間抜けだったのは開高健がすでにこの世界とオサラバしていたことを知らなかったことだ。正確には知っていながら知らないふりをしていたことだ。

1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターとジム・ホールより開高健の死は悲しかった。『アメリカの鱒釣り』の死より悲しかった。あえて言えば、村上春樹が自分より先に文壇デビューしやがったことより悲しかった。「神戸がなんぼのもんじゃい!」と私は青山墓地の1-イ街区あたりで叫んだような気がする。修行がなってない。すべては記憶力と集中力だと遠い日の夏に一人誓ったのに。

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1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターはずっとニヤついていた。われわれオーディエンスの前に姿を現したときから消えるまでずっとだ。ふだんあらゆることどもに寛容な私も、『I Remember Clifford』のときさえふやけた笑い顔をみせるロン・カーターには腹を立てた。腹を立てていたのは私だけではなかったはずだ。私の右斜め前に座っていた消しゴム料理人のナンシー関は巨体を激しく揺らせながら「チッチッチッ」と立て続けに舌打ちをして不快感をあらわにしていたほどである。もっとも、暖房の効きすぎた店内においてはナンシー関こそが他のオーディエンスの不快感と嫌悪の中心だったことはまちがいない。そのときのオーディエンスの不快感と嫌悪がもとでナンシー関は9年後に心臓麻痺を起こして死んだのだと思う。

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南米のギニア高地に鼻行類という不思議奇天烈な生き物がいる。新生代鮮新世ザンクリアン期の地層から多数の化石が見つかっていて、マンモスの直接の祖先ではないかとの説もある。鼻行類は手足のたぐいがなく、巨大な鼻を器用に使ってテリトリーを歩きまわるのだが、歩いているあいだ中、鼻行類はあたりになんとも言いがたいぬるく弛緩しきった笑いをふりまく。明け方の青山通りのカナダ大使館の前あたりで一度だけ鼻行類の一行に遭遇したが、リーダーとおぼしきとりわけて鼻のおおきなやつを中心に正17角形を描きながらかれらはぬるい笑いを私に投げかけてきた。もちろん、私はきっぱりと鼻行類どもの笑いを拒絶した。私の毅然とした態度に驚いたのか、かれらは鼻を揺すり、グーグーと不満そうな音を発しながら高橋是清翁記念公園の森の奥へと消えていった。そのグーグーという奇妙な音はケルン・コンサートのときのキース・ジャレットの唸り声によく似ていた。次に鼻行類と再会するのは2012年の秋、神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の木の下になることを当時の私はまだ知らなかった。

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1993年の秋の盛りのブルーノート東京におけるロン・カーターのニヤついた笑顔は鼻行類そっくりだった。もっとも彼の鼻行類的笑いになんらかの思惑があったわけではない。単にロン・カーターは人がよく、温厚で、指が宇宙から来た生物学者のように長く、そして原始100万年のDNAの螺旋階段を駆け下りる不思議がもたらした「鼻がでかい」という単純きわまりない形質上の問題が横たわっているにすぎない。それでも私はロン・カーターの鼻行類的笑いがゆるせなかった。彼の鼻づまりを起こしたようなベースの音色よりもだ。そして、私はいっさいの温厚さに憎しみを抱くようになり、1994年の春には3人の女の子の父親になった。以来、きょうまで私は鼻行類的世界にがっちりとつかまれている。




     
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