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真冬の本牧PXの映画館、グリニッジ・ヴィレッジの青春、ワシントン広場の夜はふけて

 
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 ニューヨークのマンハッタン島にグリニッジ・ヴィレッジと呼ばれる一画がある。ソーホーやトライベッカとともに人気のスポットだ。いまはなきWTCとおなじマンハッタン島のダウンタウンに位置する。グリニッジ・ヴィレッジは作家や芸術家などの漂泊者、寄辺なき人々が好んで住んだ街だった。エドガー・アラン・ポーやマーク・トウェイン、フランシス・スコット・フィッツジェラルド、ユージーン・オニールなどだ。あまたのビートニクたちが闊歩した街でもある。彼らがグリニッジ・ヴィレッジを住処に選んだのは家賃が安いからだった。
 夜ふけのワシントン・スクウェアで『ワシントン広場の夜はふけて』を聴くこと。それがグリニッジ・ヴィレッジ行きの目的のひとつだった。14th ストリートの外れにある閉店セール中のポーン・ショップで15ドルで買ったSONYのオンボロのラジカセでヴィレッジ・ストンパーズの『ワシントン広場の夜はふけて』を聴いた。夜の10時を過ぎていて危険きわまりなかったが目的は達せられた。

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「ヴィレッジ」と親しみを込めて呼ばれるこの街を舞台にした映画がある。ポール・マザースキー監督の自伝的作品、『グリニッジ・ヴィレッジの青春』だ。1953年のグリニッジ・ヴィレッジを舞台にした「彷徨える青春」を哀感ゆたかに描いた宝石のような映画だった。『グリニッジ・ヴィレッジの青春』は真冬の本牧、PXのだだっ広い映画館でみた。ポップコーンおばさんにたっぷりとかけてもらったポップコーンの溶かしバターがダッフル・コートの袖口を汚すことさえ忘れて映画に夢中になった。2階席ではヨーハイ(Yokohama International School)のハイティーンたちがネッキングやらペッティングやらに夢中だった。いずれも、二度と取り戻すことのできない遠い日の思い出である。

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 役者志望の主人公レニーが真冬の駅のプラットホームにたたずみ、真っ白な息を吐き出しながら台詞の稽古をするシーンは30年以上の歳月を経ても忘れえぬ。ポール・デスモンドのシルクのようなアルト・サックスも秀逸だった。主人公がマーロン・ブランドの物真似やオスカー授賞を再現するシーンも素晴らしかった。鼻持ちならない詩人役でクリストファー・ウォーケンも出てたっけ。もちろん、わたくしがグリニッジ・ヴィレッジを訪れたときには、『グリニッジ・ヴィレッジの青春』で描かれていた街の面影は再開発によってほとんど失われていたが、それでも、かつて数多くの寄辺なき人々、漂泊者たちを惹きつけた「街の匂い」は残っていた。たとえば、裏通りの煉瓦の壁やカフェのテーブルの痕に。アーネスト・ヘミングウェイは『移動祝祭日』の中で、「青春時代の一時期パリに暮らした者には一生涯パリがついてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」と書いていたが、グリニッジ・ヴィレッジもまたそのような忘れがたい街だ。

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 わたくしがグリニッジ・ヴィレッジで過ごしたのは秋の初めから冬の終りにかけてのわずかな時間にすぎないが、それでもなお、雨上がりのワシントン・スクウェアの匂いや日曜日のヴィレッジ・マーケットのざわめきはいまもなつかしくあざやかに刻まれている。そして、本牧はすさまじい開発の波に飲み込まれ、わたくしの思い出にかかわるほとんどが失われた。思い出にすがって生きつづけることはできないが、それでも、リキシャ・ルームやゴールデンカップやイタリアン・ガーデンに行けばなにがしかの慰めはある。腹が減ったらシーメンズ・クラブかオリヂナル・ジョーズか山田ホームレストランで飯を喰えばいい。時間は残酷だが、ときとしてひとを慰め、癒さないこともない。

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