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究極のマティーニと古い友情の終わらせ方

  古い戦友の命日。戦友との思い出がぎっしり詰まった酒場に足を運んだ。20年ぶりだ。戦友は探偵で、腕っぷしはめっぽう強いが泣き虫で、酔いどれの誇り高き男で、運に見放されていて、美人に目がないくせに女にはからきし弱く、「いつかゴビ砂漠のど真ん中で究極のマティーニを飲む。そして、死ぬ」が口ぐせで、ネイビーの、ペンシル・ストライプのダブル・ブレステッドのスーツしか着ない男だった。救いは彼が律儀で不器用で無...

されど、われらが幻のラ・ツール・エッフェル

  1987年秋。リラの花影揺れる凱旋門の近くの小さな食堂で我々はカルバドスが満たされた杯をあげ、最後の乾杯をした。そして、固く再会を誓い、それぞれの戦場へと帰還した。ある者は中東へ。ある者はアフリカへ。またある者は西アジアへ。あれから四半世紀が経つ。そのあいだに数えきれぬほどの秋やら冬やら春やら夏やらが音も立てずに過ぎていった。再会も果たされぬまま多くの友が逝き、斃れ、少しの友が残った。幻のエッフェ...

東京美味礼讃#2 居酒屋・丸十(港区麻布十番2丁目)

  六本木ヒルズを目指す人々で色めきたつ麻布十番商店街の一本裏手の地味な通りに「居酒屋・丸十」はある。創業は1980年代半ば。老舗というには及ばないが、すでにして麻布十番の地にどっしりと根を張っている。地元の長老が定刻どおりやってきては「いつもの席」で盃を傾ける姿を目撃できる店だ。流行や向こう受けを狙うような軽佻浮薄さとは無縁である。 夕暮れ前、麻布十番温泉がまだ存在していた頃は湯につかり、じゅうぶん...

黒髪に恨みは深く

                                   Photo by ZIN 遠い春の夜、稲村ケ崎の断崖から海中に身を投げようとしたとき、うしろからきれいな声が聴こえた。  「ごいっしょしましょうか?」    ふりかえると長い黒髪の美しい女が立っていた。恐ろしい体験だった。以来、春の海には近づかない。 「ごいっしょにいかがですか?」 うしろから声がした。妻がコーヒーカップをふたつ持って立っている...

移動祝祭日通信#1 [ヘミングウェイ・ゲーム]のための準備運動

  [ヘミングウェイ・ゲーム]は選ばれし者たちのためのゲームである。[ヘミングウェイ・ゲーム]は「失われし誇り」を取りもどすためのゲームでもある。ゆえに、いくぶんかの「痛み」をともなう。[ヘミングウェイ・ゲーム]に参加するためには、アーネスト・ミラー・ヘミングウェイの密やかな愉しみについて熟知していなければならない。これが第1番目のハードルだ。ただし、ヘミングウェイの密やかな愉しみを知ろうとし、か...

「フランツ株価有料化」の衝撃、宇宙に走る!

 グレゴール・ザムザ氏がカブト町2丁目1番地先、カブカの海辺の蕪の家の株価下から追証惨殺体で見つかった事件を受け、フジョーリ政府はけさ、フランツ株価の全面有料化に踏み切る方針を示した。なお「グレゴール・ザムザ殺人事件特別捜査本部」はグレゴール・ザムザ氏殺害の重要参考人として、株の先物取引をめぐるトラブルからグレゴール・ザムザ氏にがぶり寄りをくらわせ、もってこれまた同氏に全治2週間のけがを負わせたうえ...

「アフリカへの憧れの旅」から帰ってきた永遠のギター・モボ

   トーチカの深い穴ぐらからワタナベカヅミは出てきた。ブルー&レッドのキリンにまたがっていた。体型はあいかわらず小型冷蔵庫だったが颯爽としていた。ブルー&レッドのキリン上のワタナベカヅミはストラップを前に持ってきて、よく使いこまれたオベーションの12弦ギターを佐々木小次郎のようにかついでいた。その姿はさながら百戦錬磨の剣豪を思わせた。チュニジアの夜の闇の光がワタナベカヅミの顔を照らすと、ワタナベカヅ...

東京美味礼讃#1 神楽坂・伊勢藤のこと

   序の口/縄暖簾に腕押し 神楽坂にいい飲み屋がある。店の名を「伊勢藤」という。本物の江戸前言葉とうまい酒に小粋な肴、ゆったりとした時間を楽しみたかったら伊勢藤へ行くがいい。そこは都会の喧噪ともうわっ面の華やかさとも無縁である。 飯田橋の駅で降り、外堀を越えて神楽坂を登る。登りきる少し手前の細い石畳の路地を入ったところに伊勢藤はある。二階建て木造。古い仕舞屋風のたたずまい。注意しないとそのまま通...

牌の痕 ── そして、銀座2丁目の路地裏に朝がきて、男たちはそれぞれの戦場へと帰還した。

    泡の時代のまっただ中、1988年の冬。クリスマス・ソングが街のあちこちから聴こえていた。私は血煙を上げながら仕事をしていた。カネはうなるほどあった。いずれ、世界一の大金持ちになってやると思っていた。愚かだった。舞い上がっていた。奢りたかぶっていた。生涯最高最悪にして忘れえぬ麻雀の対戦が迫っていた。その頃、私は30歳になったばかりの若造だった。怖いもの知らずの小僧っこだった。心をゆるしたごく少数の...

忘れえぬ喰いもの#1 隠し味は一粒のダイヤモンド

  中学2年の秋。「塩の、お、むす、び、と、プ、レー、ン、オ、ムレ、ツ、と、冷た、い、だ、い、こ、ん、の、お、み、お、つけ、が、食べ、た、い」 死の床で母親は息も絶え絶えに言った。片手で持てるくらいに小さくなった母親の小さな言葉は秋の初めの薄闇の中にゆっくりと消えていった。 私は仲たがいしている隣家に出向き、事情を話し、下げたくもない頭をなんべんも下げ、米と味噌と玉子と煮干しと大根を借りた。そして...

「食に関する質問状」への不誠実きわまりない回答(そんなことより、なんか喰わせろ!)

Q1 次のメニューにどんな調味料をかけますか? ・目玉焼き・・・モンゴル産岩塩 『蒼き狼』・納豆・・・調味せず。納豆は完全食である。「なにも足さない。なにも引かない。」が正しい。(粂納豆を常食している)・冷奴・・・調味せず。豆腐は完全食である。「なにも足さない。なにも引かない。」が正しい。せいぜいが山葵のおろしたて添付。(『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』いいよ、『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』)・餃子・・・喰わない。だか...

Eagle 810/鷲は米軍横田基地を飛び立ち、17歳の若者に舞い降りた。

「フレデリック・ニコラス・ラボンディが死んだ。16号線でトレーラーと正面衝突だ」 横浜時代の古い友人は電話口で声を震わせた。1975年から1977年までの2年間、フレデリック・ニコラス・ラボンディはFENのDJをやっていて、私は彼の熱烈なファンだった。ファン・レターを書いたことすらある。フレデリック・ニコラス・ラボンディの名前を聞くと1975年の夏を思いだす。そして、彼の声がよみがえってくる。 1975年に横浜とその周辺...

『レジメンタル・タイの思い出』と『レジメンタル・タイの思い出』の思い出

 初めてレジメンタル・タイを買ったのは18歳、高校の卒業式の前日だった。元町のPOPPYまで出かけていき、ショウ・ケースにずらりとならんだタイの中から僕が選んだのはシャンペン・ゴールドの地にグリーンの細いストライプが入ったやつだ。よく糊のきいた白いBDシャツにそのレジメンタル・タイを締め、兄貴からのお下がりのブルックス・ブラザースのかなりくたびれたブレザー・コートを着てフェアウェル・パーティーに出かけた。...

伝えたい言葉、伝えられない言葉

  伝えたい「言葉」があった。しかし、それは伝えられない「言葉」だった。電話口で泣きじゃくるメリケン帰りのバカ娘。数日前、私はわが要塞を訪ねてきたバカ娘とバカ娘の人生の同行者となるであろう若者、つまりは小娘と小僧っこを怒鳴り飛ばし、取りつく島もあたえず、追いかえした。なにが「結婚」だ。なにが「愛している」だ。なにが「だいじなひと」だ。なにが「価値観がおなじ」だ。なにが「おたがいの一生を見届けたい」...

顔のない音楽家/ジャン・ミシェル・ミゴー

  音楽家。文筆家。ストリート・パフォーマー。1938年、パリのバスチーユ地区に生まれる。父はユダヤ系フランス人、母はアルジェリア系フランス人。ジュリアード音楽院でピアノと音楽史を学ぶ。その後、NYのサウス・ブロンクスでアフリカ系アメリカ人の友人らとコミューンを形成し、ストリート・カルチャーに親しむ。住所、居所、生死、いずれも不明。フランス帰国後はコレージュ・ド・フランスの哲学科に編入。ブランショ、フコ...

『討論 三島由紀夫 VS 東大全共闘/美と共同体と東大闘争』を読む

  【檄】澄まし顔、したり顔で愚にもつかぬ能書き・御託を並べ立てる団塊老人どもに「1970年11月25日、あなたはどこでなにをしていたか?」と訊ねよ! 視えない自由を射抜く矢を射れ!1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室。三島由紀夫(平岡公威)、森田必勝ほか「楯の会」構成員による「東京事変」勃発。テラスから「檄」を飛ばす三島由紀夫をだらけきった姿で見上げる自衛官。飛び交う怒号と下衆な野次。私はこの日、一報...

1994年5月1日、春のイモラに散ったアイルトン・セナ・ダ・シルバのこと

 「クモモの樹探索」から帰還し、おそい午睡をとった。そして、アイルトン・セナと春のやわらかな陽射しにあふれる隅田川沿いを散歩している夢をみた。セナは愁いと甘さと哀しみとを含んだ微笑を浮かべ、陽の光を反射してきらきらと輝く隅田川の流れをみつめていた。セナが「境界のボート」に乗り込んだところで夢は終わった。すでに夕暮れどきをすぎ、街は闇に沈んでいた。目がさめると涙が一筋、頬をつたっていた。闇の中でセナ...

午睡後、コルコバード星の散歩の途中、WAVEで産婆ノートを買い、アイルトン・セナ・ダ・シルバが眠るイモラ・サーキットのタンブレロ・コーナーにおいしい水を供えにイパネマの娘と思った矢先の出来事だった。

  夕暮れどき、まだ夏の盛りの余韻が残る神宮外苑の銀杏並木を鉄の馬で疾走中にとびきりの『Desafinado』は聴こえてきたのだった。愁いを含んでほのかに甘いアクースティック・ギターの調べに乗って。 ホブソン・コヘア・ド・アマラル。生粋のカリオカ、リオ・デ・ジャネイロっ子だ。1月の川はたいてい冷たいがホブソンは明るく暖かくやさしい。シンガーであり、ギタリストであり、パーカッショニスト。在日13年。カタコトの日...

白い城と神々の棲まう岬と花ざかりの森とクマグス先生#1

  クマグス先生は『和漢三才図会』の綴じ糸を繕いながら、イズラエル・カマカヴィヴォオレが歌う『虹の彼方に』にじっと耳を傾けている。「この若者はずいぶんと肥満しているのではないのか?」とクマグス先生が突然尋ねるのでびっくりした。「そうですよ、先生」と答えるのが精一杯だった。「若死にしたんだな?」「どうしてわかりますか?」「きみきみ。吾輩は天下無双のミナカタ・クマグスだよ。わからぬことはなにひとつない...

噛む男

  私の耳たぶを噛む男がいる。男は私の耳たぶをとてもじょうずに噛む。噛むというより撫でられているように感じることさえある。彼が私の耳たぶを噛むようになってからもう3年2ヶ月だ。初めの頃はキャドバリーのフルーツ&ナッツ・チョコレートとビーバー・カモノハシの臍の緒の赤ワイン煮込みと人参のピクルスをいっしょに食べるような不思議な違和感があったが、いまではすっかり慣れてしまった。 噛む男の名前はいまだにわか...

サイコーに「好きな」の件:脱ぎすぎたねじまき鳥の疑問に答える。

  好きなサイコーは『最後の晩餐』好きなサイコパスはノーマン・ベイツ好きなノーマンはキングズレー・メイラー好きなメーラーはEudora好きなカードゲームはジン・ラミーとUNO好きな醤油は栄醤油店の「甘露醤油」好きな晦渋は『精神現象学』好きな韜晦は『純粋理性批判』好きな難解は『存在と時間』好きな難儀は『論理哲学論考』好きな陶酔は『存在と無』好きな透徹は『善の研究』好きな愉悦は『エロスの涙』好きな至福は『フー...

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自由放埒軒

Author:自由放埒軒
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玄妙の言葉求めて櫻花
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