朝起きて窓をあけ、小鳥のさえずりが聴こえるとミニー・リパートンのことを思いだす時期が2度あった。1度目は『LOVIN' YOU』がヒットした1974年。肉体言語闘争、ストリート・ファイトに明け暮れていた。荒くれ者のくせに妙にナイーヴなガキだったといまにして思う。2度目はミニー・リパートンが乳癌を患って死んだ1979年の夏から冬にかけて。あれはこたえた。スキーター・デイヴィスの死を知ったときも腹にきたが、すぐに立...
吾輩の窮地を救ってくれたのは團藤先生だった。国選弁護人を通じて吾輩の「緊急事態」を知った團藤先生が身柄引き受けのために駆けつけたのだ。 團藤先生の登場は刑事どもを震え上がらせた。警察署長までもがお出ましになり、コメツキバッタよろしく32ビートで團藤先生に頭を下げつづけた。当然だ。相手は日本刑法学の大家、團藤重光なのだから。彼らが日頃、揉み手擦り手ですり寄っているキャリアの警察官僚や検察官たちが...
取り調べを担当する捜査官(以下、「取調官」という)は被疑者と「良好な人間関係」を構築することをまず考える。たとえ相手が凶悪非情な殺人犯であろうと冷酷な爆弾魔、テロリストであろうと贓物牙保罪に手を染めた東大出の知能犯であろうと下着泥棒であろうとコソ泥であろうとおなじである。 取調室は人間関係の戦場である。被疑者に対して取調官が「カツ丼喰わせてやろう」と言うのは利益誘導に抵触するので実際の取り調...
落としのヤスさんにつづいてやってきたのは年の頃40代半ば、猪首で脳味噌が筋肉でできていそうなダルマゴリラだった。右耳がつぶれて新華楼のギョーザのようになっている。おそらく、一番強面の奴を送り込んできたんだろう。愚かな奴らだ。「おう。あんちゃん。うちのデカ長をずいぶんいじめてくれたそうじゃねえか。え? どうなんだ?」 吾輩はしばらく筋肉ダルマゴリラを観察分析することにした。筋肉ダルマゴリラの弱み...
吾輩は結局、「公務執行妨害」と「銃刀法違反」で緊急逮捕された。銃刀法違反? そうだ。当時の唯一無二の論友であったガジンと「刺しっこ遊び」をするために刃渡り42cmのダガーナイフを持っていたのだ。もちろん、刃渡りが42cmある刃物を所持して街中を歩いていれば当然に銃刀法に抵触する。しかし、逮捕前に、デコスケは裁判官の発した「捜索差押令状(いわゆる「ガサ状」)」のたぐいなしに勝手に吾輩のバッグをあけ、中身...
パトカーは3台やってきた。雪崩を打つように路地に入ってくるなり、荒々しくドアが開いた。中からいかにも屈強そうな男たちが6人飛び出してきた。「こんなゴリラどもに警らをやらせる理由はなんだ?」と思ったが、考えても無駄だった。警官にさよならを言う方法がないことと、彼らにまともな「論理」を求めても無駄なことはフィリップ・マーロウとコンチネンタル・オプがとっくの昔に証明している。 ゴリラどものうち、一番...
若い巡査くんは通せんぼよろしく両腕を広げ、路地奥の行き止まりに追いつめられた吾輩に迫ってきた。「無駄な抵抗はするな」 無駄な抵抗? 走り、立っていることが抵抗なのか? まあ、いい。「なんで逃げたんだ?」 吾輩は黙っていた。「なんで逃げたかと訊いてるんだ!」「あんたの息が臭くて吐きそうだったからだよ」 デコスケくんはぎょっとした顔になった。手のひらに息を吹きかけてにおう仕草をみせた。「あんた、...
春の終り。24年ぶりに『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを押した。忘れかけていた19歳の春の盛りの出来事がよみがえってきた ── 。弁護士か検察官か大学の合格発表当日の昼下がり、カルガモどもが暢気に群れ泳ぐ三四郎池のほとりで、小説家になるか革命家になるか弁護士になるか検察官になるか政治家になるか官僚になるか、それとも世界一の大金持ちになるかを考えた。考えあぐねた末、弁護士と検察官に絞った。...